其の410:ビグローの帰還「ハート・ロッカー」

 遂に観てしまった・・・。洋邦問わず「なんだこれ!?」という“とんでも大駄作”は山ほどあるが、邦画の中でも<カルト映画中のカルト>と呼ばれる映画「幻の湖」を!!少年時代、映画館で「予告」を観たが、どんな映画なのかまるで分からなかった。そして今回、本篇観たあとDVDで予告を見直したが・・・ストーリー知っててもまるで分らない編集だった(爆笑)。
 “ジョギング大好き雄琴ソープ嬢(作中では「ト●コ嬢)”をヒロインに“時代劇(戦国悲恋もの)”+“SF(スペースシャトル!)”が絡む、彼女の愛犬殺害事件の復讐譚!!・・・深夜の2時頃、居酒屋で映画好きのディレクターとボンクラAD達が酔った勢いで「こんなストーリーだったら面白いよなー^^」と笑いながら考えたような企画がよく通ったものだ(誰か言わなあかんやろ)。
 だが、この作品の原作・製作・脚本・監督は、あの橋本忍だよ!黒澤組脚本家のひとりにして、監督としてもオリジナル版「私は貝になりたい」をも手掛けた超大物なのに・・・何故??スタッフも黒澤組スタッフ(撮影や美術)に、音楽は「砂の器」の芥川也寸志大先生。出演者も今作でデビューした南条玲子(→乳出しあり)の他、星野知子(懐)、かたせ梨乃、北大路欣也に隆大介、室田日出男大滝秀治という豪華キャスト・・・(←前回書いた「影武者」のキャスト多数)。橋本のキャリアに大きなミスをつけた<東宝創立50周年記念作品>(爆笑)にして、稀代の怪作「幻の湖」。筆者は意味不明ぶりに大笑いしながら観たので、あくまで洒落とギャグのわかる方はご覧あれ♪


 橋本先生同様、作品が大コケして長い間干された監督が見事に復活、アカデミー作品賞他に輝いたのが「ハート・ロッカー(→「行きたくない場所」、「棺桶」等の意)」。その監督の名はキャスリン・ビグロー!アカデミー発表前は「アバター」のジェームズ・キャメロンと共に監督賞にノミネート。以前彼と婚姻関係にあったため<元夫婦対決>などとマスコミに煽られたが、見事ビグローが勝利。女性監督初のオスカーに輝いた<アカデミー賞の歴史に残る一作>でもある。

 
 2004年・夏、イラクバグダッド郊外。駐留するアメリカ軍の爆発物処理班(通称:EOD)は、死と隣り合わせの前線において最も危険な爆弾処理を行うスペシャリスト。そのブラボー中隊、任務あけまで38日前に、新しく班長としてやって来たのがウィリアム・ジェームズ二等軍曹(=「28週後...」のジェレミー・レナー)。だが彼は、死を恐れないかのように安全処置をとらずに処理を行い、周囲を驚かせる。だが、彼を補佐する立場のサンボーン軍曹(=「ミリオンダラー・ベイビー」のアンソニー・マッキー)とエルドリッジ技術兵(=「ジャーヘッド」のブライアン・ジェラディ)は、不安を募らせていく。ある時はテロリストとの戦闘に巻き込まれ、またある時は大量の不発弾処理・・・。果たして彼らは無事に生きて任務をまっとうする事が出来るのだろうか?!

 トミー・リー・ジョーンズ主演作「告発のとき」の原案者で、ジャーナリストにして脚本家でもあるマーク・ボールが数週間、イラクのEODに密着して得た処理班の実態を面識のあるビグローに報告。これがきっかけとなって彼女の指導の下、ボールが映画用に脚本を書き上げた(モデルはあるものの、まんまの実話ではない。ノンフィクションに限りなく近いフィクション)。初の予算1億ドルの大作「K−19」がコケて(←少々地味だけど酷い映画ではないんだけどねぇ)、大手スタジオの信用を失っていたビグローは<低予算の独立映画>として製作に入ることを決意する。

 もしかすると今作の監督が“女性”だということで驚いた御仁もいらっしゃるかもしれない。確かに女流監督といえば大抵「恋愛映画」とか「文芸作品」を手がけているんだけど、ビグローはちゃう!これまでにも「ブルー・スチール」(’90)、「ハートブルー」(’91)、「ストレンジ・デイズ/1999年12月31日」(’95)とか、そのほとんどがハードなアクション映画ばっかり(笑)。見た目は細見の美人だが、内面は下手な男より“男気”にあふれた女性なのだ^^。

 ビグローは今作で“徹底したリアリティー”を追及する。メインの俳優陣は、いまいちメジャーじゃない人たちをキャスティング。撮影中はロケ地であるヨルダンにキャストをテント暮らしさせ、兵士たちの過酷な環境を追体験させた(役者たちが暑さで倒れてもいいように常に医療班が待機:嬉しくね〜)。「汗も涙も本物、イラクにいる兵士たちの苦痛がほんの少しだけ分かったよ」とは主役のレナーの弁(お疲れっす)。

 今作は普通に考えれば<戦争ドラマ>というカテゴリーに分類されると思うけど、冒頭、今作では数少ないメジャー俳優のガイ・ピアース(「L.A.コンフィデンシャル」)があっさり爆死(驚)!!メインの3人が有名じゃない分「いつ爆発して誰が死ぬのかわからない」ハラハラドキドキ感を観客に最後まで与え続ける(16ミリフィルムを35ミリにブローアップした、ざらついてるドキュメントタッチの映像のために尚更)。この“感触”は・・・そう、アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの名作「恐怖の報酬」を喚起させる。「恐怖〜」は冒頭、観客にニトログリセリンの威力を見せ付けたあと、油田火災消化のために大量のニトロの運搬の様子が描かれる。「ちょっと震動を与えただけでドカン・・・!」ー「ハート・ロッカー」は戦争ドラマではなく、<サスペンス>だ。勿論、“男気”監督ビグローだけに合間に男同士の友情や葛藤が描かれることはいうまでもない(BLはないよ)。

 
 ネタバレになるので詳しくは書かないけど、映画の最後に主人公ジェームズがとる行動は人によっていろいろ感想があるだろう。劇中には筆者は実際にあったのかどうかは知らないけれど、子供の体内に爆弾を仕掛ける“人間爆弾”まで登場するので(アルカイダは「ザンボット3」は観ていないだろうが)、これが本当だとしたら・・・イラクは死と暴力が混沌と渦巻く恐ろしい場所だ。幸い、オバマ大統領になってアメリカ軍撤退が決まったが、そんな場所に放り込まれては精神をまともに維持することさえ困難だと思う。ベトナム戦争後には<ベトナム後遺症映画>と呼ばれる数々の作品が登場したが、撤退が完了した後には<イラク後遺症映画>が出てくるだろう。今作は近い将来その嚆矢となるであろう優れたサスペンス映画だと筆者は思った。


 
 <追記>「あしたのジョー」、「エースをねらえ!」、「ベルサイユのばら」ほか数々の名作・傑作アニメを送り出した出崎統監督が死去!あのスマートな演出、ドラマチックな止め絵・・・ファンだったんで大ショックだわ・・・。合掌。