其の152:重厚な秀作群像劇「クラッシュ」

 クリント・イーストウッド監督作「ミリオンダラー・ベイビー」、「父親たちの星条旗」の脚本を書いたポール・ハギスの監督デビュー作「クラッシュ」(第78回アカデミー作品賞受賞)。彼が原案・脚本及び製作も兼ねた重厚な人間ドラマである。デビッド・クローネンバーグの同名映画(これも好きだけど)や、かつて一世を風靡した某女子プロレスコンビとは何の関係もないのでご注意(笑)!


 クリスマス間近のロサンゼルス。ある若者の射殺体が発見される。それから時間が前日に遡り、様々な人種の様々な職種の人々が織り成す36時間の物語。余りに登場人物が多く、物語と共にそれぞれのキャラクターがリンクしていくので・・・ほんの数行で要約する事は不可能。是非、自分の目で観て下さい(笑)。リアルに考えれば、現実社会でこんなに同じ人々がリンクしていく事はないのだろうけど(苦笑)。


 上で書いたように多彩な登場人物たちを、これまた有名俳優が大挙出演して熱演!殺人事件の捜査にあたる警部(今作でプロデューサーも兼ねたドン・チードル)、野心家の地方検事(ブレンダン・フレイザー)と情緒不安定な妻(サンドラ・ブロック)。人種差別主義者の巡査(マット・ディロン)とその相棒(ライアン・フィリップ)。巡査に辱めを受ける黒人TVディレクター(テレンス・ハワード)とその妻(サンディ・ニュートン)に、鍵の修理工、黒人の車泥棒コンビ、イラク人と間違われるペルシャ人の雑貨店経営者一家・・・(これでも少々、紹介を割愛してる)。この人々が互いに様々な形で衝突(=「クラッシュ」)していく事となる。


 そもそも今作の企画は監督・脚本のポール・ハギスの<実体験>に基づいて考え出されたもの。1991年、銃を持った黒人青年2人にハギス夫妻は車を強奪された。以来、その出来事が頭から離れず「一体、彼らは普段どのような生活を送っているのだろう」と思った事が脚本を書くきっかけとなった(このエピソードは映画の冒頭で再現されている)。また、ハギスは長い間TVドラマに携わった経歴の持ち主。その経験は「黒人のTVディレクター」のキャラクターに活かされているそうだ。


 人種差別、偏見、妬み、嫉み、野心、自己主張、貧困、病気、社会制度の矛盾・・・様々な事情を抱える登場人物たちは大なり小なりもがき、あがき続ける(=そして他人と衝突する)。更に人は「善」から些細な事をきっかけに「悪」にもなるという2面性を持っている(勿論、その逆もあり)。<人間社会の複雑さ>そして<人間という動物の複雑さ>を映画はリアルに浮かび上がらせる。ここで描かれる問題は・・・余りにも大きく、安易な発想や方法では解決出来ないものばかりだ。


 「愚かだが愛おしい人間」をハギスは、ある意味<俯瞰(=神の視点)>で見つめる。アメリカだけではない、全世界でいまもありとあらゆる場所で繰り広げられている怒りと悲しみ、そして少なからず見える希望が・・・この映画にはある。必見!