其の393:「七瀬ふたたび」を観たけれど。

 周知の事実ではあるが敢えて書く。作家・筒井康隆は<天才>である。そんな筒井大先生も今年でデビュー50年!ということで「筒井康隆作家生活50周年記念映画」と銘打って公開されたのが「七瀬ふたたび」(といいつつも脚本自体は10年前に完成していたそうな)。これまでテレビドラマでは幾度も映像化されてはきたが、今回が初の<映画化>!「原作に忠実に」をモットーに製作された、というので筆者も20ウン年ぶりに文庫本を再読し(懐)、鑑賞にあたったのだったが・・・一見さんお断りのぶっちゃけ、並の凡作でした(涙)。

 
 ツツイスト以外の方にも分かるように簡単におさらいしますとーヒロイン・火田七瀬は他人の心を読むことが出来る<テレパス>(おまけに美女)。そんな彼女がお手伝いさんとして、8つの家族のドロドロの愛憎を目の当たりにするのがシリーズ第1作となる連作短編集「家族八景」(’72)。
 続く連作短編集が今回映画化された「七瀬ふたたび」(’75)。お手伝いさんを辞めた七瀬が、同じ能力を持つ少年ノリオ、未来を予知できる恒夫(⇒映画では了)と出会う「邂逅」。テレキネシス(念動力)を持つ黒人青年ヘンリーと共に七瀬が悪い能力者を倒す「邪悪の視線」。タイム・トラベラー(時間旅行者)・漁藤子(「すなどりふじこ」と読む)との出会いを描いた「七瀬 時をのぼる」。その5人が超能力者抹殺を企む謎の暗黒組織とバトルする「ヘニーデ姫」と「七瀬 森を走る」。今回の映画はその2エピソードをメインに展開していくわけ。ちなみに「七瀬3部作」の完結編として長編小説「エディプスの恋人」(’77)がある。

 監督は「星空のむこうの国」(’86)、「ULTRAMAN」(’04)の小中和哉(兄は脚本家の小中千昭という知る人ぞ知る映像兄弟)。1979年に放送され今でも人気の高いNHKの少年ドラマシリーズ「七瀬ふたたび(主演・多岐川裕美!)」に多大な影響を受けたということで、本人的には待望の映像化!脚本を押井守監督作や「平成ガメラ」シリーズの伊藤和典が担当している。「(超能力者たちが七瀬と出会うエピソードを)全部やろうとすると映画の尺では収まらないので、そこは伊藤さんの構成で「ヘニーデ姫」と「七瀬 森を走る」のエピソードをリアルタイムで描きつつ、それ以前の話はフラッシュバック的に盛り込んで行く構成をとりました」(小中監督談)というで、意図はよ〜く分かるんだけど・・・正直、分かりにくいんだよね〜(困)。

 七瀬(⇒演じるのはクール・ビューティー芦名星)が己の能力を隠し、ひっそりと生きてゆくことを決意するのは冒頭につけられた10分の短編「七瀬ふたたび プロローグ」(⇒七瀬の母親役に多岐川裕美!そして監督には、ぬわんとオタクアイドル・中川翔子!!)で何とか分かるようには工夫されてはいるが、そこからいきなり本編の冒頭、原作にはない警察の殺人事件証拠映像検証場面がくるから「?」っていう感じ。それは後に回想で「邪悪の視線」中に登場する男の死体だと分かるのだが、男がどんな能力を持って悪さしていたのか、七瀬との関係、どうやってヘンリーを現場に呼んだのかー?が、一切描かれないので分かりにくさ2乗(苦笑)。中途半端に描くなら、この回想自体なしにしてもよかったのではないか(⇒製作サイドの立場で考えれば、<普通人>の刑事を絡めるための取っ掛かりとして入れたことは分かるのだけど)。芦名星は七瀬の心理状態を知るためにも「映画を観る前に「家族八景」を読んでほしい」とコメントしているが、筆者的には「七瀬ふたたび」も読んだ方がいいと思う(笑)。

 肝心かなめの<国家権力にも介入している謎の暗殺組織>は原作では余り具体的な描写はないんだけど・・・映画では、そのトップの男(演じるのは吉田栄作)が冒頭から<顔出し>で出てくる(苦笑)。で、ヒットマンまで最初からモロに出しちゃうから原作にあった<国家権力が持つ不気味さ>が全くなくなってしもうた。筒井は誰もがいうように執筆当時、連合赤軍の若者あたりが次々と追い込まれていった姿をイメージして書いたと思うのだが・・・映画は部隊員たちも・・・安っぽいし(予算の関係?)。作品のクオリティーを大きく下げたことは明白。

 七瀬らの<超能力描写>は79年の多岐川版では音声程度の表現だったけど、今作ではアニメにCG合成、音声&文字インサートと今風の処理で良かったとは思う(筒井の原作も能力描写を活字的に工夫して表現)。でも、ラストの吉田栄作と七瀬のバトル描写は・・・(苦笑:気になる人は見てちょんまげ)。同じエスパーものでもハリウッド映画風にはならんな〜。

 
 ・・・まぁ、不満ばっかりつらつらと書きましたが70年代に書かれた小説をうまく現代風に直してあるところもあって部分的には良かったとこも勿論ありマス(⇒ラストの改変は「エディプスの恋人」も映画化前提でなければ難しいオチなので、個人的には致し方ないと思う。いっそ3部作全て映画化すれば良かったのに)。全体的に一本調子でメリハリがないのが今作の最大の難点か。筒井御大も芦名星との対談で、芦名のことは絶賛しつつも、作品に対しては「なかなか自分の作品にならない」との不満をコメントされていらっしゃったし。

 いまのところ(2010年10月現在)、筒井作品の映画化成功作といえば大林宣彦版「時をかける少女」とそのアニメ版、加えて先日急逝した今敏の「パプリカ」ぐらいか。筆者的には「陰悩録」や「郵性省」あたりを映像化してほしいのだが(絶対無理だろう)^^。

 残念ながら映画「七瀬ふたたび」は凡作ではあったが(ツツイストの受難は続く)、公開される映画の全てが面白いわけではないし、久しぶりに筒井文学を再読する機会が訪れたことだけは良かったと・・・思う・・・いや、そう思おう(そうでも考えないと超多忙の中、時間作って映画館に行った行為が報われんわい!いひ、いひ、いひひひひひひ←筒井調)。