其の377:ハイパー超大作にして傑作「愛のむきだし」

 時間がない中、半ば業界のつきあいでベニチオ・デル・トロ主演、アンソニー・ホプキンス共演作「ウルフマン」を。更に睡眠時間削って三池崇史監督最新作「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」を観る。
 「ウルフマン」はご存知ロン・チェイニー・ジュニア主演の「狼男」(’41)に、知る人ぞ知る「倫敦の人狼」(’35)の要素も加えたリメイク作(時代設定は19世紀末に変更)。最新技術による<狼への変身シーン>が最大のウリ(特殊メイクアップはリック・ベイカー大先生)なのだが、このテのジャンルに必要な「満月になると狼に変身してしまう」主人公の<異形の哀しみ>度合い低し!監督がジョー・ジョンストン(「ジュラシック・パーク3」)だけにタイトな仕上がりで観ていて飽きないけど・・・今時、どの観客層にむけて作られたのかイマイチ不明(苦笑)。予想通り、劇場に客は筆者含めて僅か2人!「プライベート試写会」かと思った(苦笑)。
 「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」は去年、ある取材で主演の哀川翔さんから正式発表前に何気に聞いていたので、少しは期待していたのだが・・・前作は終盤ダメダメの「標準作」だったけど、今作は話をスケールアップした割りには、その設定を活かしきれていない「凡作」になってた(涙)。クドカン的ゆるギャグもあるが、基本は<ダークな世界観>だけにガダルカナル・タカやココリコ田中はどう考えてもミスキャスト!ボスキャラがまたまた●●●なのもダメ!特撮ヒーローものを製作陣はわかってない(関係者は「古代少女ドグちゃん」観ろ!余談だが、映画版についている「パイロット版」は凄いよ)。唯一良かったのは仲里依紗の怪演&胸チラだけか。ヒットはしたけれど「ヤッターマン」に、この「ゼブラーマン」・・・。三池の不調が続いているのが、ただただ残念&心配。

 
 その一方、昨年公開された映画「愛のむきだし」は物凄い映画だ。約4時間にも及ぶ長尺ながら一気に見せきる<奇跡のウルトラ大傑作>!同じく昨年話題になったポン・ジュノの「母なる証明」より筆者の評価は断然上!!但し、今作は客を選ぶので要注意!人間の暗黒面を凝視できない人や未だウブい少年少女たちは観ない方がいいだろう。ちょっと毒が強いからねぇ。

 クリスチャンの家庭に育ったユウ(=先日、かの小室氏が楽曲提供した「AAA」のメンバー・西島隆弘)は、幼くして母を亡くし、神父の父親(=渡部篤郎)とのふたり暮らしながら幸せな日々を送っていた。ところが父親が再婚を考えていた相手に逃げられたことで態度が豹変!父はユウに日々「懺悔」を強要する為、彼はそんな父の期待に応えるべく、懺悔のためにわざと罪を作るように。それがいつしかエスカレートしてユウはカリスマ・パンチラ盗撮魔となっていった。そんなある日、仲間たちとの罰ゲームで「女囚さそり」の扮装をしていたユウは、街でヤンキーにからまれていたヨーコ(=「Folder」のメンバーでもある満島ひかり)の助太刀に。その喧嘩のさなか、ヨーコに恋心が芽生えたユウだったが、彼女は少女時代のトラウマが原因で大の男嫌いにして、腕の立つ武闘派女子。しまいにヨーコは女装しているユウを<本物の女性>と勘違いした上、好きになってしまう!そんな2人の前に謎の少女・小池(=奥田瑛二安藤和津の次女:安藤サクラ)が現れて・・・!?

 上記のあらすじは本編のおよそ半分程度。ここまで読むと「ほとんどラブコメ」かと思われそうだが、この後、親の再婚によってユウとヨーコは血のつながらない兄妹になるわ、家族が新興宗教に入会するわ、先の読めない大変な事態の連続!こんなストーリーが「実話に基づいている」のだからー「事実は小説より奇なり」とは言ったものだ。

 原案・脚本・監督は園子温(「その・しおん」と読む。「えんこ・あつし」ではない。PFF出身でグランプリ獲得後「自転車吐息」、「自殺サークル」、「紀子の食卓」ほか問題作、話題作を発表。近作に「ちゃんと伝える」、最新作「冷たい熱帯魚」が公開待機中)。ユウのモデルとなった人は実は園監督の友人で(マジで盗撮魔)、20年ほど前に彼の妹が某宗教団体に入信し、監督は彼と共に脱会に奔走した。その経験をベースに、監督が取材した内容を加えて製作したのが今作。キャスト、スタッフとも「台本のぶ厚さに驚いた」とコメントしている(笑)。なんせシーンだけで300以上!よくこれを2ヶ月弱の期間(しかも低予算)で撮影したものだ(尊敬)。

 映画初主演の西島隆弘安藤サクラは真摯に役に取り組んでいて好感が持てる。西島くんなんかは盗撮アクションに女装プラス張りぼての巨大チ●ポまでつけて頑張ってる(→外国人が観たとき、バカにされぬようアメリカンサイズにしたんだって:爆笑)。が、なによりも素晴らしいのがヒロインの満島ひかり(昨年は今作の演技で幾つもの賞を受賞している)!以前から「エクステ」ほかで園作品に出演している彼女だが、今作は園に初めてバシバシしごかれ(→その様子はDVDのメイキングにもあり)「絶対、園子温には負けねえ!」と思いながら現場にのぞんでいたという(→監督と衝突すると燃えるタイプ)。終盤で彼女が暗唱する聖書の一説「コリント人への手紙」のシーンは圧巻の一言(正確には1行抜かして言った「NGテイク」らしいが、本編に使用されているのはこのカット)!「愛の〜」後に撮影した「プライド」の方を筆者は偶然先に観ていたのだがー「プライド」でも彼女の巧さには舌を巻いた。今年はすでに何本も主演作が公開されているが(いま丁度「月9」に出てるね)満島ひかりは要チェック!!久々に出た「若き演技派女優」と断言しよう。

 「変態」と罵倒される主人公を含め<モラル>と<アンモラル>、<シリアス>と<ギャグ>ー2つの対立する要素が渾然一体のごった煮状態の今作(→暴力描写にしても凄惨な状況ながら「キル・ビル」的にオーバーに表現しているので笑えるのだ)だがーこれはある意味、漫画家・山上たつひこの作風に近いものがあるような気もした。「喜劇新思想体系」にしても、あるいは「がきデカ」、「怪僧のざらし」にしても<主人公>がおかしなキャラである事は勿論だが、周囲の大人たちも一見まともそうでありながら、皆クセがあって、どこかオカしいし(現にユウやヨーコ、小池の親はDV癖があったり、自分の欲望が抑えられない自己中のため、子供の成長に著しく悪影響を与えている)普通ではありえない状況に話が転がってゆく点も一緒。ちなみに園自身は例え話として「主人公は天才バカボン(→可愛らしい存在)」で、その周りに「劇画タッチのさいとう・たかを風(→芸達者たちによるディティールの細かい演技のできる人たち)」キャラを配したーという主旨の内容をコメントしている。

 「愛のむきだし」は「園作品の集大成」とする論評も多いが、その分大変苦労したようで(当初の台本をまんま映画にすると6時間半にはなったという)本人は「こんなに撮影が楽しくないのは初めて」、「今までやった事のないのも半分はしたので、今後の課題を残した」とDVDのメイキングで後ろ向きな発言を連発している(苦笑)。そんな監督が最後の最後にユウやヨーコにどういう結末を与えたのかは観てのお楽しみだがーここまで個性的な大勢の登場人物たち&様々な要素を描きながら、約4時間まったくダレることなくハイテンションを維持して展開してゆく、こんなに密度の高い映画は・・・そうそうお目にかかれない。無理矢理他の作品に例えるならば・・・ベルトルッチの「1900年(上映時間5時間16分!)」とラス・メイヤーの「ワイルド・パーティー」が合体したような感じか(でも、それはどんな映画だ:笑)?いずれにしても筆者にとって「愛のむきだし」は生涯忘れ得ぬ邦画の1本となったことは間違いない^^。