其の356:戦争ファンタジー「イングロリアス・バスターズ」

 ブラッド・ピット主演にしてクエンティン・タランティーノの最新作「イングロリアス・バスターズ」を観る。約10年前に製作を発表したものの、脚本に煮詰まり(笑)ユマ・サーマンとの再会から「キル・ビル」2部作作った後に、ようやく完成した作品なんだけれど・・・ラストが映画史上に残る衝撃のファンタジーになってた(マジだよ、マジ)!!良い子のみんなは、これが正しい世界史と思ったらあかんよ。

 
 物語は<5つの章>で構成されている。まとめて書くとー1941年、ナチ占領下のフランス。ナチ親衛隊のランダ大佐(「私が愛したギャングスター」のクリストフ・ヴァルツ)によってユダヤ人少女ショシャナ(メラニー・ロラン)は家族を惨殺されパリへと逃げ延びる。一方、連合国軍側はアルド・レイン中尉(ブラピ)率いるユダヤアメリカ人によって構成された“イングロリアス・バスターズ(=「名誉なき野郎ども」の意)”が、その残酷な殺し方でナチから怖れられる。
 3年後。ショシャナはミミューと名を変え、映画館主となっていた。ひょんなことからドイツ軍の若き兵士ツォラー(「グッバイ、レーニン!」、「ボーン・アルティメイタム」のダニエル・ブリュール)に見初められ、強引に彼が主演したプロパガンダ映画「国家の誇り」のプレミア上映を彼女の映画館で行うことに。上映には総統ヒトラーも訪れるという。ショシャナの中に復讐心がメラメラと燃え上がるー。その頃、映画上映の話を聞きつけたイギリス軍は“バスターズ”と協力してナチのいる映画館ごと爆破する計画を立案、ヒコックス中尉(「300<スリーハンドレッド>」のミヒャエル・ファスベンダー)を現地に派遣する。彼は“バスターズ”に続いてドイツ人ながら連合国軍側のスパイとして活動する有名女優ブリジット(「ナショナル・トレジャー」シリーズのダイアン・クルーガー)との接触を図るが、そこにはナチの一行が・・・!ショシャナ、そして“バスターズ”それぞれの思いが錯綜する。果たして計画はうまくいくのか!?


 「タランティーノ+ブラピ」。余り映画に詳しくない方は意外な取り合わせだと思うかもしれないけど、ブラピは大ブレイク前、タラ脚本による映画「トゥルー・ロマンス」の主演を熱望した過去があり(→主演は出来ず、結果ジャンキーのちょい役出演)以前から<タランティーノ・ワールド>に興味があったのだ^^。
 ブラピ以外にメジャーな俳優といえばダイアン・クルーガーとイギリス軍将軍役のマイク・マイヤーズオースティン・パワーズ!)、「キル・ビル」で両腕斬られたジュリー・ドレフュスチャーチル役のロッド・テイラーぐらいか(ナレーションはタラの盟友サミュエル・L・ジャクソン。ブラピと電話で話す声の主はハーヴェイ・カイテル!)。
 ハリウッド映画は古代ローマ人でも英語しゃべるんだけど(笑)、それが嫌なタラは「基本、ドイツ人役はドイツ人。フランス人役はフランス人」とキャスティングした結果、無名な人たちが大半を占める事となった(苦笑:おかげで全て英語字幕付)。バスターズのメンバーでバットでナチを殴り殺す役に扮したのはイーライ・ロス(当初はアダム・サンドラーが予定されていた)!モノホンのユダヤ人とはいえ「ホステル」シリーズの映画監督で、俳優じゃないんだよ!!こんな芸当は・・・タラしかでけへん(ちなみに劇中劇映画「国家の誇り」はロスが監督)。
 バスターズのメンバーはブラピと途中でスカウトしたドイツ人以外、ひよわそうな奴ばっか!そんなユダヤ人のステレオタイプの彼らが実は凶暴ーという設定は面白い(普通と真逆)。で、死んだナチ兵士の頭の皮をしこしこ剥ぐ、と(脳みそモロ見え)^^


 「映画オタク」タランティーノだけに、またまた様々な映画の要素が混在!タイトルはイタリア製B級戦争映画の英語タイトルからのいただき。同名ながらスペルが微妙に違うのはご愛嬌(邦題は「地獄のバスターズ」)^^。タラ自身は影響を受けた<第2次大戦映画>として「特攻大作戦」や「戦略大作戦」、「戦争プロフェッショナル」、「暁の七人」、「追想」を挙げている(Sくん、タラは「影の軍隊」はあえて観なかったそうだよ)。
 「チャプター1」のタイトル「ワンス・アポン・ア・タイム・・・」からしセルジオ・レオーネだし(酒場で3人の男が股間に銃を向け合うのもレオーネの「続・夕陽のガンマン」)、さらにエルンスト・ルビッチの「生きるべきか死ぬべきか」に「地獄の謝肉祭」、低予算の戦意高揚映画「ヒットラー デッド・オア・アライブ」(’42)までも入っているというから・・・相変わらずコアなおっさんだ(笑)。ゲッベルスが愛人とバックでヤってる唐突なインサートカットはラス・メイヤーだって(一般の観客、分かんないって:笑)!ほかにも今作のネタ話(ロケ地とかキャスティングについて)はいっぱいあるんだけどキリがないから残りは割愛!!


 ・・・とまぁ、粗筋や薀蓄から書いてはみたけれど・・・2時間半の長尺も飽きずに観られたけれど、肝心の出来でいったら100点満点で5、60点ぐらいじゃない?残念だけど。隣にいた年配の夫婦(?)は途中で退席したし(=告知通り料金、無料になったかしら?)タランティーノだけに「胸踊る戦争大活劇!」はハナから期待してなかったけど、この程度の点数にならざるをえない(→予想通り、銃撃戦は小競り合い程度で大規模な戦争シーンはまるでなし)。何故か?

 まだ上映始まって間もないので<ネタばれ>しないように書くと・・・一言でいえば構成&設定上、クライマックスのサスペンスが弱いし、なによりカタルシスがない!!ユダヤ人は興奮するかもしれんが、所詮、東洋の島国&ドイツと同盟組んでた日本人は・・・ねえ。勿論、ユダヤ人には同情するけど、100%理解できはしないし(→すごくリアルにいえばナチが人種差別政策をとっていたことは知られていたものの、ホロコーストの実態は戦後発覚したこと)。
 ショシャナとバスターズの様子がカットバックで展開していくものの(時系列で進行するんで5つのチャプターに分ける必要も大してなし)キャラ造形が薄っぺらなんで(→長くなり過ぎるんで最終稿でカットした部分、撮影したもののカットした箇所多々あり。その辺りがあれば大分印象も変わるかもしれんが)一番印象に残るキャラがナチの<ユダヤ・ハンター>ランダ大佐というのもどーなの(→演じたクリストフ・ヴァルツは先のカンヌ映画祭で見事男優賞受賞)?!必要なカットがないから唯一、観客が感情移入するショシャナの復讐も・・・あの描き方じゃ中途半端でしょう。もし「よくあるパターンはあえて全部やめた」と彼が言い訳したとしたら「外しすぎだよ」!
 筆者はタランティーノのファンだけど「キル・ビル」も<復讐譚>として失敗してるし、前作「デス・プルーフinグラインドハウス」もねーちゃん達の長〜いピロートークにはうんざりした。彼は王道から外れたオフビートな作風が持ち味なくせに、王道をやろうとするから失敗するんだよ。あるいは彼の脚本家としての力が落ちてきているかもしれぬ。以前のような無意味だけど粋な台詞の応酬は近作にはまるでないし。


 ファンだけに愛のある厳しいダメ出しをしましたけど、相変わらず<選曲のセンス>はいいよ(→もうサントラ、2回聞いた)^^。当初、エンニオ・モリコーネに作曲を依頼したらジュゼッペ・トルナトーレの新作の仕事とバッティングしていたために断られたそうだが、その結果、チョイスした音楽はモリコーネが作った曲ばっか(しかもマカロニウエスタン:笑)!当初、ブリジット役にはナスターシャ・キンスキーをイメージしていたらしいが(これまた断られた)、そのせいかナタキン主演の「キャット・ピープル」の主題歌(デヴィッド・ボウイ!)が流れてきた時には驚いた。そこまでナタキンに出てほしかったのか?


 次回作もいろいろ噂されてるタランティーノだが(ブラピ扮するアルド・レインの<前日譚>や「キル・ビル3」って・・・マジ?)噂通りになったことがないんで、気長に次を待ちますか^^。但し、モリコーネ御大に曲を頼むつもりなら御大ももういい年だから・・・早くしないと実現しなくなるぞ!!


 <追記>残念ながら撮影したのにカットされた場面として、ショシャナを助ける女性のエピソードがある。その女性を演じていたのが何とマギー・チャン!かつては<ジャッキー・チェンの相手役>、ちょい前まではウォン・カーウァイ作品の常連だったマギー。この場面、タランティーノは今作のDVDが発売されても特典映像に入れる気はないという(→彼曰く「ショシャナの3年間を観客に想像して欲しいから」)。・・・のちのちタラの気が変わることを筆者は祈る(観たいから入れてくれ〜)!