其の353:大人の映画「沈まぬ太陽」

 ようやく読み終えましたよ。山崎豊子先生の「沈まぬ太陽」、文庫本計5冊(2300頁超)!そして、映画化された作品は上映時間堂々3時間22分!!すごく正直にいえば「感動した!」とか、そのテの感慨は皆無だけれど、飽きずに観られたし、正攻法で作られた「映画らしい映画」。生憎、某恋愛映画にヒットチャートの首位は奪われているけれど、こういう「大人の映画」もないと日本映画はますます衰退していくだろう。勿論、子供や学生がデートの一貫で観てもわかる映画じゃないけどさ(笑)!「狂い咲きサンダーロード」、「おくりびと」他で知られる個性派俳優・山田辰夫の遺作でもある(合掌)。


 
 物語は合間に入るインターミッション(=休憩)を挟んでの前後編となっている。
 <前半>昭和30年代。国民航空に勤務する主人公・恩地元(渡辺謙)が、利益優先の会社に対し、労組の委員長として「空の安全を守るため」社員の賃上げ要求他に努力したものの、「報復人事」としてパキスタンのカラチを皮切りにイランのテヘランケニアのナイロビと10年近くに渡る「僻地勤務」に耐え抜く様と(→その後、ようやく日本に戻るも窓際に追いやられる)昭和60(1985)年に起こった史上最悪のジャンボ機墜落事故で「遺族係」を命じられ、苦悩する様子が描かれる。
 <後半>翌年、総理大臣直々の要請で新会長に就任した国見正之(石坂浩二)は、これまでの経緯を承知の上で恩地を新設した「会長室」の部長に抜擢。「信用回復」と「安全確立」目指して奔走するが、国民航空は社員は勿論、政・官の癒着の温床と化していた。恩地の前に、同期入社で労組時代は副委員長として活躍したものの、いまは袂をわかち出世街道をひた走る行天四郎(三浦友和)が立ちふさがる・・・!


 
 映画はあくまで「フィクション」を強調しているのだが(字幕スーパーもでる!)ご存知のように国民航空(NAL)のモデルはJ●L。無理矢理、労組の委員長やらさせた上に(映画では、この辺りの経緯はカット)酷い目に遭う恩地元も、モデルはJ●Lの社員だった故・小倉貫太郎氏。その小倉氏のすさまじい半生をベースに、新聞記者出身のヤマトヨが大量の文献に200人以上の関係者を取材して書き上げた大作&労作が「沈まぬ太陽」である。先生自ら「この作品が映画化されるまでは死ねない」と言ったとか言わなかったとか。で、持ち上がった企画は幾度も頓挫。ようやく正式に企画が立ち上がった当初は映画を2部にわけるアイデアもあったそうだが、先生から「出来れば1本で」とのオーダーがあり現在の形になったそうだ。


 <前半>は原作の1〜3巻(「アフリカ篇」、「御巣鷹山篇」)の時系列をシャッフルして展開。冒頭、象狩りに出ている主人公と、大々的に行われているパーティーの様子に墜落するジャンボ機の様子が複雑にカットバックするので、タイトルが出るまで「???」なのだが、徐々に時間軸が整理されてゆくのでご安心を^^。原作には映画を遥かに凌ぐ大勢のキャラクターが登場するのだが、中でも松雪泰子が演じるスッチーは原作では行天と不倫関係にはない(後半に出てくる別キャラと組み合わされている)。また最初、恩地を僻地へ飛ばす社長(神山繁)が、映画ではいきなり出なくなって別の人物(柴俊夫)が社長に昇格しているので驚くが、これは恩地の左遷中に前社長が病死したため。勿論、原作にはあるのだがーそこまでやってたら尺が長くなり過ぎるので、ハショったのだろうね。
 そして<後半>は原作の4、5巻目にあたる「会長室篇」。ここは時系列もまんまで分かり易い。但し、原作では恩地より国見が主人公然としているため、脚本の西岡琢也曰く「恩地をどのように活躍させ、そこに行天をどのように絡ませていくのか。知恵を絞った」そうだ(パンフレットより)。
 原作では国民航空の利権に群がるハイエナたち(→正社員、関連団体社員のみならず族議員や、官僚に総会屋から太鼓持ちの新聞記者まで)がこれまた大量に登場するため、映画では先のスッチー同様、何人かのキャラを合体させている(例:西村雅彦演じる取締役や香川照之の労組・書記長)。脚色の苦労がうかがわれマス。


 この作品の肝は何といっても恩地元を演じた渡辺謙に尽きるだろう(彼の代表作の1本になることは間違いない)。正義漢で一本筋の通った昭和の男を熱演!私欲と保身に走る下衆な奴らが大勢出てくるので、この主人公の姿には余計に頭が下がる。謙さん自身、原作に惚れこみ、自らヤマトヨに手紙を書いて「恩地を演じたい」と懇願した程だから気合の入れ方が違うのも当たり前か(→ヤマトヨ曰く「そんな手紙を書いてきたのは田宮二郎渡辺謙だけ」)。ただ実際の事故を描くため、遺族への配慮などデリケートな問題もあり、映画の初日舞台挨拶では感極まって号泣。「最後まで撮影できるんだろうかという状況だった」とコメントしている。勿論、当のJ●Lは映画に対し、一切のコメントもなく協力もしていない。


 前半は主人公が海外を転々とさせられるため、スタッフ・キャストは約1ヶ月に及ぶ長期海外ロケ・キャラバンを敢行!B型肝炎破傷風、黄熱病などの予防注射を打っての出国。イランロケに始まり(→パキスタンはロケハン後、政情不安で撮影出来ず、カラチのシーンもイランで撮影)、後にケニアへ移動。タイの空港では羽田空港のシーンが撮影された。勿論、時代考証の観点から衣装など全て当時のものを日本から持っていくこととなり、機材含めた総重量は約1トンにもなったという。この辺の苦労も謙さんの涙につながったのだと思う。


 避けては通れない御巣鷹山の事故現場は半年かけて山の斜面を造成した大オープン・セット。残骸となる飛行機の部品をわざわざアメリカのフロリダからスクラップを買いつけて輸送し、作りこんだというから・・・これはTVドラマでは出来ない芸当ですな^^(製作費20億円は伊達じゃない)。こういう手間隙かけた映像を観客はわざわざ劇場に足を運んで観に行くわけだから、そこんところ映画関係者は忘れないように!史実通り、事故で四散した遺体等を出したら、もっと事故の悲惨さ(→正直いって“人災”)が浮き上がってくるとは思うのだが・・・さすがにそこまでリアルにやれねーよな〜。


 勿論、描かれるのは恩地の受ける酷い仕打ちや悪の巣窟と化したJ●Lの内部実態だけではない。夫婦愛(夫を信じて、ひたすら家族を守り抜く奥さん役の鈴木京香は適役)、親子愛(原作にはない息子と牛丼屋で交わすシーンがいいね)、男たちの友情(→主人公以外にも虐げられた組合員は何人もいた)など見所は幾つもある。若松節朗監督はそんなにうまい監督だとは思わないけど(失礼!)愚直に作品に取り組んだ感じがフィルムからも伝わってきて好感が持てた。今作のような映画だからこそ出来る大人の作品をもっと観たいと思う。TV局が関与していない分、大量に番宣(→本来、公共の電波で自局の映画を宣伝しまくるのもいかがなものか)していないけど、こういう作品こそヒットして欲しい。


 あえて苦言も少々。原作読んだ立場から言わせてもらえれば、あと30分長くてもいいから、もうちょい必要な説明部分もあれば、より話がスムーズに理解出来て分かりやすかったし、遺族の哀しみをもっと描いて欲しかったとも思う。上映時間の都合上、カットした部分があるのなら、それを加えた<ディレクターズ・カット版DVD>発売を切に希望する!



 
 <どうでもいい追記①>「沈まぬ太陽」中に入る10分間のインターミッション。これまでは風景&劇音ベースに「休憩」の1文字のみクレジットされるのが普通だったけど、今回は風景映像ない分「●分前」とカウントダウンのスーパーが入ってた。これ、分かりやすくていいね^^!


 <どうでもいい追記②>先日、実写版「ヤッターマン」観たんだけど・・・オリジナルのTVアニメとは似て非なるものだった。ヤッターワンヤッターキングの無機質なカラーリングは・・・何故!?ドクロベエの正体だって本当はあんなんじゃないぞ!監督の三池崇史が現場で足したという数々の下ネタは小中学生レベルで笑えたけど^^。でも一緒に観た原作ファンの妻はガッカリしてた(苦笑)。30代のキムタクが18歳の古代進を演じる(無理ありすぎ)「宇宙戦艦ヤマト」もそうだけど、CG技術が向上したからといって何でもカンでも実写化するのはやめてほしいね!!