其の331:イーストウッドの集大成「グラン・トリノ」

 「これで俳優を引退するかもしれない」とクリント・イーストウッドが語った主演&監督作「グラン・トリノ」。つい、この前監督作「チェンジリング」観たばっかなんで、少々生き急いでる気がしなくもないが。筆者はイーストウッドの熱心なファンではないのだが「もし、これで俳優引退するなら観るっきゃないだろ!」ってことで劇場に駆けつけたのですが・・・俳優イーストウッドの集大成ともいうべき<人生映画>でした。タイトルが車の名前だからといって「カー・レース映画」ではありまへんのでご注意あれ!!


 口が悪く(中でも人種差別ぶりがすごい)、決して自分の主義・主張を曲げない昔ながらの典型的アメリカ人ウォルト(=イーストウッド)は、実の息子たち&孫たちにも煙たがられている頑固老人。愛妻を亡くし、ひとりで暮らし始めた彼は、ひょんなことから隣の家に住むモン族の娘スーと知り合う。そんなある日、スーの弟タオがウォルトの所有するヴィンテージ・カー<グラン・トリノ>を盗もうとする。従兄弟が率いるヤンキー集団に脅かされてのことだった。償いとしてウォルトの手伝いを志願するタオ。最初は疎ましく思っていたウォルトだったが、いつしかモン族の人々に好感を抱くようになる。だが車泥棒を指示したモン族のヤンキーグループは、その後もタオとスーに執拗に絡んでくる。意を決してウォルトがとった行動とはー!?
 去年、来日したアレックス・コックスは「近年のイーストウッド映画は誉めないといけないような風潮になってるけど・・・」とコメントしていたが、筆者も盲目的に誉める気はない。正直「パーフェクト・ワールド」は泣けるいい映画だがラストの「ここまで引っ張るか」感は否めないし、「ミスティック・リバー」は観客へのミス・リードがかなり強引(ティム・ロビンスのあの芝居は・・・誰が観てもそう思うだろう)。オスカー作「ミリオンダラー・ベイビー」は何故あのような残酷なオチをつける必要があるのか全くわからない。けれど、今作はある程度イーストウッド作品(それも本人出ているやつ)を観ている人なら納得のいく出来だと思う。イーストウッドはいつものイーストウッドだし(=彼はロバート・デ・ニーロのようなカメレオン俳優ではない)、これまで同様気をてらわない正攻法な演出。けれど、今作にはこれまで以上にいくつもの深イイ内容が含まれているのだ^^
 主人公は朝鮮戦争に参加(=その時のトラウマを抱えている)した後、定年までフォードの工場で働いた男。趣味は家の修理と芝生刈り。そんな彼の所有する車が、フォードが1972年から76年にかけて製造していた典型的アメ車「グラン・トリノ」。それもオイルショック前年に造られた72年型なのがこの映画のミソ!石油ショック前のクルマ(=それも石油をばかばか食う)に、アメリカを代表する自動車産業の従事者(=フォードは2008年に破綻)・・・ウォルトが<典型的アメリカ男性>、引いては<古き良き時代のアメリカ>の象徴であることは一目瞭然である(ベタなアメリカ男性は、いまでも家の修理と芝生を刈ることは大事な男の仕事だと考えているそうだ)。
 だが、ご存知のように米自動車産業の凋落に伴い、主人公の周囲に済んでいたアメリカ人は全て引っ越してしまい、空いた家には外国人(=アジア系、アフリカ系にヒスパニック系等の移民)たちが住み着いている(勿論、主人公と対になる設定)。現在のアメリカの混乱ぶりを表していて非常に興味深い。もっとも主人公自体がポーランド系なのでネイティブ・アメリカン(旧名「アメリカ・イ●ディアン」)以外、純粋なアメリカ人なんて本当はいないんだけどさ(苦笑)。
 「人がそれまで目を向けてこなかったことについて考えさせられ、精神面で変化して行くというストーリーが好きなんだ」と語るイーストウッド。ゴリゴリの人種差別主義者である主人公が次第に、実の家族より隣の異民族(=モン族、とりわけラオス在住のモン族はベトナム戦争に参戦。アメリカが敗北した後は、共産軍の追撃を恐れてアメリカに移民したものの、大変な苦労を強いられてきた。実際にイーストウッドは本物のモン族の人々を映画に起用している)に親愛の情を感じていく様子が微笑ましい。筆者がとりわけ驚いたのが、少年タオの仕事ぶりを見つめるイーストウッドの立ち姿がまるで・・・「ダーティハリー」や伊「ドル3部作」のかつてのガンマンに見えてしまった!!役名こそ違えど、彼はダーティハリーの<その後>ではないのか!?イーストウッド自体は「ハリーとは思わなかった」と否定しているが、イケイケの不良黒人少年たちに囲まれてもビビりもしないし(彼は身長190の大男でもある)、いきなりモン族のヤンキー少年の家を訪ねてボコ殴り!!こんな強い78歳、見たことない(笑)。本人の意識にかかわらず、どう考えても今作は<俳優イーストウッド>が演じてきた<これまでのヒーロー像の集大成>とみて間違いなかろう。暗い過去を引きずりながら生きる孤高にして屈強な男・・・これまでイーストウッドが繰り返し演じてきたパターン。ある意味、衝撃のラストも(=ここではネタバレ防止で書いていない内容や設定多々あり)彼らしいオチのつけ方。ちょっと健さんぽいっけど。

 
 来年、監督最新作がまたまた公開される予定のイーストウッドだが(ここ近年、ハイペースで作品を発表してるね)やはり俳優イーストウッドも時々は観たい!命ある限り、成功をおさめた数少ない俳優兼監督として身体を大事にして頑張ってもらいたいものだ^^