其の322:カルトサイコスリラー「赤い影」

 世の中には一度観ただけではよくわからない映画が多々ある。印象的な映像、意味深な台詞に難解な展開。そして意外なラスト・・・。そういう映画は確実に後を引く。1973年に製作された映画「赤い影」(イギリス・イタリア合作)もそんな作品の1本だろう。1度観たぐらいでは何だかよく分からない。ただ、現在では後続の作品に多大な影響を与えたカルト作として評価されている。映画ファンを自認するなら生涯に一度ぐらいは観ておくべきだろう。ネタばれしないよう書くのが大変な作品なのだが・・・頑張って書きますわ^^


 ジョン(=「24」のジャック・バウアーの実父ドナルド・サザーランド)とローラ(=「ドクトル・ジバゴ」や「華氏451」のジュリー・クリスティ)の夫婦はイギリスに住むインテリ夫婦。2人の間にはまだ幼い息子と娘がいたが、その愛娘が庭先の池に転落して死んでしまう。打ちひしがれた夫婦はジョンの仕事の都合でイタリアのベニス(=ヴェネチアの英語読みがベニス)へと向かった。
 ひょんなことから2人はレストランで観光で来ている老姉妹と知り合う。目の不自由な妹には霊媒の能力があると言う。その妹がローラにこう告げた。「あなたの娘さんを見た。赤いレインコートを着ていたわ!」娘は赤いレインコートを着て池に落ちた・・・驚愕するローラ。更に彼女はこうも語る。「このままベニスにいるとジョンの命が危ない!」ローラの訴えに耳を貸さないジョンだったが、その直後から奇怪な出来事がジョンの周囲に起こり始める・・・。果たして、ジョンとローラの運命は!?


 原作はヒッチコック作品「レベッカ」、「鳥」で知られるダフネ・デュ・モーリアの中篇小説。それをカメラマン出身の監督ニコラス・ローグが演出した(代表作「地球に落ちてきた男」、「ジェラシー」)。ローグとしては今作が3本目の監督作品。多少の慣れもあったのだろう、ローグは原作の精神は生かしつつ撮影現場で、そして編集室で、脚本や当初の予定にはない様々な試みを行った(それが難解さの原因でもあるような気が・・・)。


 この映画の重要な要素のひとつが「赤色」の色彩。「心理学」でいえば赤は「情熱」を意味するものだが、映画ーそれもサスペンスやホラーで言うと「血」や「死」を意味する不吉な色となる。冒頭の「愛娘が着ているレインコート」の赤に始まって、ジョンが仕事で使っているスライド写真にこぼす「血」、ベニスで同じホテルに泊まっている男の「ガウンの色」・・・。赤の色彩の物が画面に登場する度、観客は不吉な予感を覚えるようになる。そういった意味ではM・ナイト・シャマランの大ヒット作「シックスセンス」も「赤い影」同様、スピリチュアルなテイストにポイントとなる物の色は「赤」で統一していた。「シックスセンス」が今作の影響を受けて製作されたことは容易に想像がつく。

 もう一点、重要な要素が「水」だ。娘が落ちた「池(沼?池と沼の違いって何??)」、イギリスの邸宅から出るときの「雨」。そして至る所に水路が通る「水の都」ベニス・・・。形のない「水」は主人公夫婦の「不安定な精神状態」を表している。常々「水」を作品のモチーフにしたのはアンドレイ・タルコフスキーだが・・・モーリアの原作自体が元々ベニスを舞台にしているのでローグがタルコフスキーをパクった訳ではない。もっともベニスでのロケは撮影機材を船で搬入するしかなくて、かなり大変だったそうだが(笑)。


 今作で有名なシーンのひとつが約5分間にも及ぶ「ジョンとローラのセックスシーン(=成人指定にならぬように数箇所修正した)」。公開当時は2人がマジで本番ヤッてると噂されたそうだが、さすがにそれはないだろう(笑)。その<リアルな性交>と終了後の<2人の着替え>がカットバックするのだ(ローグ的には「互いに愛し合う夫婦をホットに描きたかった」そうな)。このような一見意味不明(でも実は奥が深い)な編集がほぼ全編に渡って行われているのだ!それが最後の最後に一気に集約されることとなるのだが(ローグ曰く「ジグソーパズルのピースが最後に揃う」)・・・スピリチュアルな内容も手伝って、当時の観客はきっと斬新・・・と思うより、正直わけわかんなかったと思う(苦笑)。


 小説、そして映画の原題は「DON’T LOOK NOW(=「いま見てはいけない」の意)」。「この世に見た目通りのものはない」という台詞もあり、これが今作のテーマ!実は老姉妹の妹の他にも、もう1人そのテの能力を持つ人もいたりして(誰かは書きません)・・・本当に1回観ただけでは全てが分からない映画。ラストシーンの解釈も色々あるだろう。だから心に残るのだ。未見の人は是非一度観て欲しい。デ・パルマ作品で御馴染みのピノ・ドナジオが手掛けた音楽も怖くていいぞ。

 但し、冬のベニスは殺伐としていて街自体もミステリアスな雰囲気(「旅情」や「ベニスに死す」とはえらく違う)!ベニスが怖くなる人がいるかも知れないが、そこまで筆者は関知しないのであしからず!でも、聞くところベニスはそう遠くない未来に水没する可能性があるので(+おまけにリメイク版「ミニミニ大作戦」の撮影でスタッフがムチャしたので二度と映画の撮影を許可しないと決められたそうだ)筆者は死ぬまでに一度行ってみたいけどね^^