其の295:重厚な異色ミステリー「薔薇の名前」

 先日発売された「このミステリーがすごい!20周年記念永久保存版」において<20年間の海外作品総合第1位>に輝いたのが「記号論」で知られるイタリアの哲学者ウンベルト・エーコの処女長編作「薔薇の名前」である。この小説はご存知の通り、86年にショーン・コネリー主演で映画化されて大ヒットした(=80年代に発表されたミステリー映画のナンバー1としていまなお高評価)。
 原作は膨大な宗教や文学に対する薀蓄が書かれていて「ダ・ヴィンチ・コード」のルーツみたいな作品なのだが、映画化された「ダ・ヴィンチ〜」は薀蓄を極力盛り込んだ結果、トム・ハンクス一休さんと化すおもろない内容となった(=でもヒット)。「長編作をダイジェストにすると脚本になる」と勘違いしている人が多いなか(例:「さよならジュピター」、「亡国のイージス」、「デビルマン」ほか多数)映画脚色の好例として「薔薇の名前」を紹介。今作はクリスチャン・スレーター出世作としても知られているが彼も若い分、まだ髪もあって(=でも、ザビエルヘア)現在の容姿を知っているとマジで驚くぞ(ファンの方はごめんなさい)。


 14世紀末の北イタリア(=俗に言う「中世ヨーロッパ」)。宗教裁判が激化する中、某修道院で行われる会議に参加するためイギリスから修道士ウィリアム(ショーン・コネリー)と見習いのアドソ(クリスチャン・スレーター)がやってくる。到着早々、修道院のただならぬ雰囲気を察知するウィリアム。そこで院長に問いただしたところ、先日修道士のひとりが不可解な死を遂げたと告げられた。それを機に<連続殺人>が発生!ウィリアムとアドソは真相究明に乗り出すー。


 正直いえば・・・「本格ミステリー」として観たら<オチ>は弱いっちゃあ弱い!撮影はされたもののタイトルを意味するシーンがカットされたので映画だけ観たら「薔薇の名前」の意味も不明だし(=DVDの「特典映像」ではその部分も収録されてます^^)。ただ、原作にある日本人にはよくわからん「神学論争」を大胆に省略して、連続殺人に話を絞った点が大正解!何度も読み返せる小説と違って、映画はいろんな要素を入れると散漫になって混乱するだけなのよん。これから脚本家を志す人は今作とかオードリー・ヘップバーンが主演したバージョンの「戦争と平和(=トルストイのあの大長編を要領よくまとめてる)」あたりを観ると勉強になると思います。


 俳優陣ではやっぱりショーン・コネリーが渋くていいね^^!おどおどするアドソが「ワトソン」なら、彼は今作ではユーモアのある「ホームズ」である。エーコは<シャーロキアン>としても知られているので、意識して執筆したことは想像に難くない(=ウィリアムは英・バスカヴィルから来たという設定。「バスカヴィル」はホームズものに出てくる有名な名前)。ただ2番目の被害者は「犬神家」状態で発見されるので(ホント)、ホームズのほか金田一耕助テイストも加味されていると思われる(んなわきゃない)。
 「ロスト・チルドレン」、「エイリアン4」にも出たロン・パールマンや「アマデウス」のサリエリ役で知られるF・マーレー・エイブラハムも出てるけど・・・エイブラハムは本当に中世顔だなぁ(笑:「タイタニック」のケイト・ウィンスレットも同じく現代劇顔じゃないね。文芸ものだけに出演した方がいいと思うけどなぁ←大きなお世話)。


 誰でも言うことですが、今作最大の見所は実際にオープンセットで再現された<中世の僧院>そのものだろう(=ある意味、第二の主人公。実際にイタリアにセットを建てた)。是非未見の方は本編を観てほしいがーめっちゃ重厚&完全な異世界!!あの雰囲気なら何が起こっても全然不思議じゃない(セルジオ・レオーネの「ウエスタン」も担当したトニーノ・デリ・コリの撮影も見事)。さらに中盤から出てくる<迷宮仕立ての秘密図書館>はー本好きにはたまらん!劇中のウィリアムも喜びの歓声をあげてたけど、筆者もその気持ちはよくわかる^^。俳優たちもあのセットは演技をする上で大いに助けられたのではなかろうか。
 この美術を担当したのはダンテ・フェレッティ。マーティン・スコセッシが「ギャング・オブ・ニューヨーク」で、自由に再現できるCGではなく、わざわざフェレッティに依頼して当時の街並を再現させたほどの腕の持ち主。あれほどのものを作らせるならCGの方が予算的にも安価だったと思うが・・・天才フェレッティの仕事も併せて観てほしいっす。


 監督は「セブン・イヤーズ・イン・チベット」のジャン=ジャック・アノー(=フランス人)。この人も当たり外れのある人だが(「スターリングラード」は好き^^)「薔薇〜」は間違いなく彼の代表作の1本!
今作はフランス・西ドイツ・イタリアの合作で、イギリス人(=コネリー)、アメリカ人(=スレーターに音楽のジェームズ・ホーナー)、イタリア人(デリ・コリやフェレッティ)ら世界各国からスタッフ、キャストが集結したが船頭として現場をまとめるのは大変だったと思う。おまけに世界配給のため「英語」による撮影!アノーにとっては母国語じゃないし、その点でも気を使ったと思う。監督っていうのは・・・本当に大変な職業だわ。
 その昔、筆者が高橋英樹さんにインタビューした際、「大変だから(自分が監督するのは)無理!」とおっしゃっていましたが、その分、無事完成して評価されると悦びも大きいのでしょうね^^そういえば似たようなこと、晩年のキューブリックも言ってたなぁ。


 話が大分それましたが(申し訳ない)、ミステリーファンは必見の一作!で、宗教に興味のでてきた人は是非自分で調べてみてください。「映画を観て、自分の知らない分野に興味を持って調べる」ーこれも映画の持つ大きな効能のひとつだと思います^^。