其の212:厳しい秀作・・・「題名のない子守唄」

 予告通り「マカロニウエスタン 応用編」はちょっとお休みして他の映画を(笑)。
 「ニュー・シネマ・パラダイス」、「海の上のピアニスト」ほかで知られるイタリアの名匠ジュゼッペ・トルナトーレ監督の「マレーナ」(モニカ・ベルッチ!)以来、6年ぶりの新作(もうそんなに月日が過ぎたんだ)が「題名のない子守唄」です。「女性」を主人公にした初の作品であり、いつもの舞台シチリアを離れて撮影されたもの。おまけにサスペンス調!!彼が趣向を変えて演出にあたった新作は・・・これまた人生を厳しく見つめた重い秀作でした。これまでの彼の哀愁、郷愁、叙情パターンを想像して観ると面食らうかもしれないよ。


 北イタリアの港町、トリエステ。長距離バスから降りたのは東欧ウクライナ出身の女性イレーナ(クセニア・ラパポルト)。彼女はとある高級アパートを見つけると、そこで清掃の職を得、そのアパートの正面に自らも部屋を借りる。程なくしてそこで暮らすアダケル家のメイド、ジーナと仲良くなったイレーナは彼女の持つアダケル家の鍵を勝手に複製し、自宅に侵入する。果たしてイレーナの目的は?
 そして念願叶ってアダケル家の新しいメイドとして雇われたイレーナだったが、そのとき彼女の忌まわしい過去を知る男が現れる・・・。


 なんせ映画の冒頭に「映画の最後に<ある秘密>がわかるので決して口外しないで下さい」とトルナトーレ名義の字幕が出るので、ストーリーの書きにくいこと(苦笑)。このテの字幕は「シックス・センス」以来観たのでー実は主人公は○○とか、はたまた「フォーガットン」みたいに△△△の仕業でした!とかいうとんでもないオチが来るかと心配してしまった(苦笑)。
 物語の序盤は「イレーナは何故、アダケル家を探るのか?」という謎が提示され、更にその謎の真相がラストで分かるという二重構造!脚本もトルナトーレによるもので非常に凝った構成である(1987年にイタリアで実際に起こった事件をヒントに発案したそうだ)。「マレーナ」ではモニカ・ベルッチが脱ぎまくったが(DVDのイタリア本国版は凄いよ)、今作では冒頭からヘアヌードがあって「つかみはOK」(笑)!
 脚本もさることながら、物語はテンポよく進むし(ヒロインの回想場面のインサート編集は今時のハリウッド風)、サスペンス描写はあのヒッチコックを彷彿させるところも(「裏窓」や「マーニー」、あと「めまい」とか)。さすが「自分にとって映画は麻薬だ。観ないと禁断症状を起こす」と語ったトルナトーレ、よく勉強してる。


 ネタバレしないようにテーマを書きますと、これは「母の愛の強さ」(トルナトーレ談)を描いた作品であると同時に「誤って過ごした人生の修復を試みる」話でもある。彼はマルチェロ・マストロヤンニ主演の「みんな元気」でも、「明日を夢見て」でも<主人公が結果陥る苦い人生>を描いてきた。今回は「過去にいわくのある女性(=なぜそうなったのか理由は明らかにされない)」が努力するも「それを邪魔する過去の男」が絡んでヒロインを精神的にも肉体的にもどん底に追い込んでゆく(石井隆の作品にも通ずる設定)。まるでトルナトーレは「若い時の過ちは容易には取り返せない」と言わんばかりだ。


 勿論、音楽は盟友エンニオ・モリコーネ大先生(トルナトーレは映画を企画した時点でまずモリコーネにアイデアを聞かせるという)!筆者もモリコーネの大ファンだが(何枚、CD持ってるか自分でもわからん)今作の曲は・・・サスペンス調のものが多くて(それもさりげない)、テーマ曲以外はあまり印象に残らなかった(ちと残念)。いまでもTVマンはノスタルジーを感じさせる映像にはバカのひとつ覚えで「ニュー・シネマ・パラダイス」の曲をつけるほど名曲の多い御大だが(笑)、次作に期待しよう^^


 詳細は先述の通り、書かないぶん抽象的な説明になってしまうが・・・今作は特に若い世代に観て欲しい一作。映画のヒロインは「若さ」ゆえの無知もあって、ある「組織」に参加(?)し、人生に大マイナスを及ぼす結果を招く(ラストにささやかな「救い」があるのが幸い)。若者は多々、自意識過剰な面があり、誰もが自分の未来は「明るい」と考えがちだがーことはそう単純ではない。学校の成績が優秀でも「社会」でまんま通用するわけではないし、喧嘩が強くても「仕事」には何の影響もないしね(笑)。「無知」や「無謀さ」はともすれば「邪悪な賢者」に利用される事も世の中にはあるのだ。そういう意味では「題名のない子守唄」は「女性映画」というカテゴリーのみならず「人生映画」と言っても過言ではない。