其の209:秀作犯罪映画「天国と地獄」

 昨夜、テレビ朝日スペシャルドラマ「天国と地獄」を放送していました。かの黒澤明の作品の現代的リメイクです。オリジナルはかなり前に観たきりだったので、本日見直してみたら・・・昨夜のドラマはほとんど台詞回しからシチュエーションに至るまでそっくりだった(笑)。今観ても面白い犯罪映画だと思います。若い人には「踊る大捜査線」の劇場版1作目で織田裕二が警察の屋上でつぶやく「天国と地獄か」の台詞の元になった映画、といったほうが分かりやすいかも。


 物語の舞台は横浜。靴会社の重役・権藤(三船敏郎。ドラマは佐藤浩市)は派閥争いに巻き込まれ、その状況を打破すべく奔走していた。そんな時、彼の下に一本の電話が。「一人息子を誘拐したので身代金を払え」という誘拐犯からのものだった。ところが息子は無事!なんと犯人は権藤の息子とお抱え運転手の息子と間違えて連れ去ったのだ。だが犯人は間違いに気付くも権藤に「身代金を払え」という。自分の全財産を他人の子供のために支払うべきか否か!?権藤は苦悩する・・・。


 原作はエド・マクベインの「キングの身代金」。「他人をさらっても誘拐は成立する」というアイデアを気に入った黒澤がいつもの脚本家集団と共に新たに物語を考えた。2部構成で「事件発生から身代金受け渡し」までが前半。後半は「警察の執念の捜査から犯人逮捕」までとなる(よって後半は三船の出番は少なめ)。前半は権藤邸のリビングで主に展開されるので、ある意味「舞台劇」の趣。後半は一転して(捜査であちこちいくから)場面がころころ変わるので映画的な躍動感がある。

 
 ドラマでの舞台は「小樽」でしたが、オリジナルは先述の通り「横浜」。ここは筆者の出身地でもある^^映画が製作された昭和30年代後半当時の「江ノ島」や「中華街」、「山下公園」、「伊勢崎町」、「黄金町(=当時、こんなにすさんだ町だったかどうかは知らんが)」等が次々と出てくるのもハマっ子的には嬉しい^^おまけに犯人(あえて役者名は伏せる)の住んでいるところは「浅間町(せんげんちょう)」!!これ筆者が通っていた中学の隣町。そもそも黒澤の監督デビュー作「姿三四郎」のクランクインはここ浅間町にある「浅間神社」の階段だったそうだから、昔のロケハンの経験が今作で活かされたのかもしれない。こんなこと誰も言わないけど(苦笑)。


 「この作品ではああした、こうした」という撮影エピソードには事欠かない黒澤作品だが、今作にもいろんな逸話が残ってます。最も有名なのが「特急こだまからの身代金受け渡し」の一連。列車に何度か乗って一連のカットを撮影するのがロケの基本ですが、今作で黒澤は「こだま」を借り切ってその中で8台のカメラを一気に回して全ショットを撮影(スタッフ、キャストも相当緊張したでしょうな)!
 さらに酒匂川にかかる橋のそばで人質の少年と共犯者が姿を見せる場面では、その手前にある一軒家の二階が撮影に邪魔なことが分かり、なんと事情を話して二階を取り壊させたという(ロケ終了後には大工を手配して作り直させた)。これ筆者が「助監督」で黒澤さんに言われたら・・・マジで困っただろう(苦笑)。そんな苦労の甲斐あって緊迫感みなぎる名シーンが誕生した。


 もうひとつ有名なのが「赤い煙」の着色シーン。身代金を入れた鞄(=仕掛けあり)を犯人が焼いたことで立ち上る煙なのだが、黒澤作品は70年の「どですかでん」まではモノクロだったので、このいきなりの<赤>は当時の観客をびっくりさせたという(=これが元で犯人が分かる重要なとこ)。先の「踊る大捜査線」のほか、スピルバーグの「シンドラーのリスト」でもパクってます。こうした作り手側の創意工夫や努力がいまの邦画には見られませんなぁ。


 良質な映画を作ると同時に黒澤にはもうひとつ作品で提起したい問題があった。それは当時の誘拐罪の罪が軽すぎること(=量刑15年)。犯人は誘拐事件後、共犯者2人を殺している事が判明するのだが、いかんせん<証拠>がないので、このまま逮捕しては「殺人罪」が適用されない。そこで劇中の捜査主任(仲代達矢。ドラマでは阿部寛)が以下のような内容を皆の前で言う。「(全財産を支払い、かつ会社の役職も追われつつある)権藤さんは終身刑だ。だが犯人を逮捕しても15年。それは許せない!奴は極刑に値する。そこで方法を考えた。犯人を泳がし(共犯を殺した)手口を再現させる!」・・・黒澤さんは大変な正義感の持ち主だったそうで、この台詞に彼の「悪は許さない」という姿勢がよく現れていると思う。


 犯人の「犯行理由」もネタバレ防止のため伏せますけど、ある意味「貧困」、ある意味「逆恨み」(苦笑)。現在のような「格差社会(現に犯罪は増加の一途)」で生活している一員として観ると、こうした犯行(勿論、卑劣な許せない犯罪だ)がまたいつ起きるか分からない怖さも感じてしまう。


 今作公開後には現実の誘拐犯罪を誘発したとして問題になった反面、「誘拐罪」の量刑が大幅に見直されるきっかけともなった。優れた映画は社会に影響を与えることも出来るのである。