其の199:掘って掘って掘りまくる「穴」

 久々にフランス映画、それもフィルム・ノワールをご紹介。1960年の映画「穴」で御座います。タイトルに「掘って掘って〜」と書きましたが、オカマがケツを掘る映画ではありません(笑)。脱獄ものです^^アメリカにもイーストウッドの「アルカトラズからの脱出」や、ちとニュアンスが異なりますがマックイーンの「大脱走」、ドイツ映画「トンネル」など傑作、秀作が多々ありますがこれも非常に面白い実話の映画化です。


 1947年、フランスはパリのラ・サンテ刑務所。本来、4人部屋だった牢獄に5人目の男ガスパール(のちに「ブーベの恋人」に出演するマルク・ミシェル)が入ってくる。古参の4人のメンバーは彼を受け入れ、ある秘密を打ち明ける。それは床下を掘って、地下水道から街へ抜ける脱獄計画だった!備え付けベッドの足を外しハンマーへと転用。日々、5人の男の穴を掘る毎日が始まった。さて、この計画は成功するか否か!?


 この作品にはフランス映画界を代表する2人の人物が関与している。監督は「肉体の冠」、「現金に手を出すな」で知られる名匠ジャック・ベッケル。ベッケルは当時、この事件に興味を覚え新聞記事を切り抜いておいた。月日が流れて1958年。この年に発表された実録小説を読んでみたところ、なんとラ・サンテ刑務所脱獄事件の話だった!!この本を書いたのが脱獄事件のメンバーのひとりで後に脚本家・映画監督になるジョゼ・ジョヴァンニ(「冒険者たち」、「ラ・スクムーン」、「ル・ジタン」)!!
 映画化製作に乗り出したベッケルはジョヴァンニと共に脚本作りを始め、ジョヴァンニは現場アドバイザーも兼任することになる(なんせ本人は5人組のひとりだしね)。これがきっかけで暗黒街にいた彼が映画界でのキャリアをスタートさせる事になるのだから、本当に本当に人生は何がどうなるかわからない(笑)。


 ベッケルが凄いのは本を書いたジョヴァンニをスタッフに加えた事に留まらない。メインの5人組には当時、無名の役者たちを起用(後に「黄金の七人」の教授役で知られるフィリップ・ルロワは今作でデビュー)。さらにリーダー役のロランを演じたジャン・ケロディ(ちょっとジダン似)もこの脱獄事件に参加したモノホン(驚)!ジョヴァンニと共にアドバイザーを務めた。ご丁寧にも映画の冒頭、素の状態で挨拶までする(笑)。


 こうして2人の事件関係者を得たベッケルは徹底してリアルな事件の再現を目指す。実際にサンテ刑務所でロケしたほか、友人の映画監督ジャン=ピエール・メルヴィル(「いぬ」、アラン・ドロンの「サムライ」、「仁義」)が個人で所有していた撮影所を借りて「撮り直し」と「追加撮影」を行ったそうだ(やっぱり本物の刑務所で全てを撮影するのは無理だった)。映像はセミ・ドキュメントタッチで劇音はなし。全て現実音で構成されている(穴堀り作業の音、巡回する監視員の靴音・・・)。まるで自分もメンバーのひとりにでもなったかのようにドキドキハラハラ!本編のほとんどが穴掘るシーンだし。


 監獄内で手に入るものを使って作る鏡やハンマー、砂時計などなど、本当に穴を掘っての脱獄は「ショーシャンクの空に」じゃないけど忍耐と根気、あと創意工夫が必要ですな。なんせ監修したジョヴァンニが「ここまで嘘のない脱獄映画はなかった」と豪語するだけの事はある(笑)。
 ひとつ残念なのは今作公開前にベッケルが急逝したこと。彼の遺作として、また犯罪映画の秀作として「穴」はいつまでも世に残る映画だと思う。