其の189:犯人は誰?「ゾディアック」

 「セブン」、「ファイト・クラブ」で知られる映像派デビッド・フィンチャージョディ・フォスター主演「パニック・ルーム」以来となる彼の新作がこの「ゾディアック」です。猟奇事件に興味があり「週刊マーダーケースブック」とか読んでた人には(懐かしいね)御馴染みの「ゾディアック・キラー」のお話(実話よ実話!)。日本でも後に類似した事件が起こりましたが、不謹慎な言い方をすれば・・・そのルーツと呼んでも過言ではないだろう。

 
 1969年7月4日、カリフォルニア州バレーホ。夜、人気のない空き地で若いカップルが何者かに銃撃され、女性が死亡する事件が起こる。その1ヵ月後、“ゾディアック(「十二星宮」の意)”と名乗る犯人から新聞社に手紙が送られてくる。そこには不気味な暗号文と、暗号文を紙面に掲載しなければ大量殺人を始める、という脅迫メッセージが添えられていた。そして次々と起こる殺人事件・・・。
 花形新聞記者ポール・エイブリー(「チャーリー」のロバート・ダウニー・Jr.)と風刺漫画家ロバート・グレイスミス(「ブロークバック・マウンテン」のジェイク・ギレンホール)、サンフランシスコ市警デイブ・トースキー刑事(マーク・ラファロ)らはゾディアックの仕掛けたゲームに翻弄され人生をも狂わされてゆく・・・。


 一般に「ゾディアック事件」とは、1960年代末から70年代にかけて起きたアメリカ史上初の劇場型連続殺人事件のことをいう(残念ながら未解決)。犯人自ら「ゾディアック」と名乗り警察には電話、新聞社には暗号文や犯行の証拠となる物証を送りつけたうえで次なる犯罪を予告し全米を震撼させた。この事件をヒントに映画「ダーティハリー」が製作された事は(犯人の名は<スコルピオ>。即ち「蠍座」)映画オタクには基本中の基本のトリビアのひとつ(劇中にこのネタが描かれている!なんと大胆な!!)。
 判明している限りでは犯行は4件、死者は5人。アメリカで起きた事件としては数的には多くない(もっと殺しているシリアス・キラーは世界中にゴロゴロいる)。そんな彼が犯罪史に名を残す事となったのは犯行声明と暗号文でメディア、そして大衆をも「謎とき」に巻き込んだ為である。そして未解決である事も(この点だけは「切り裂きジャック」も同じ)。映画は事件と共に、職業柄関与する破目となった3人の男たちの半生を丁寧に描いてゆく(原作となったノンフィクションを執筆したのはグレイスミス)。


 今作の製作に際してデビッド・フィンチャーとスタッフは現存する書類や証拠を徹底的にリサーチ。関係者や生き残った生存者にまでインタビューを敢行した(その結果、新たな証拠を発見し警察に届けたという)。実は本作の前、フィンチャーは同じく実話をモチーフにした小説「ブラック・ダリア」の映画化をすすめていたのだが諸般の事情で頓挫(後にブライアン・デ・パルマによって映画化)。その苦い経験がより彼を「ゾディアック」に駆り立てたのかもしれない。

 
 フィンチャー作品の<トレードマーク>といえば、凝ったカメラワークの「映像美」であるが、今回はそれをあえて封印(「オーシャンズ13」のスティーブン・ソダーバーグ監督と相談)、シンプルな映像と編集で<事件のリアルな再現>に務めた。中でも2件目の犯行となるカップル襲撃事件のシーンでは、犯行当時の風景を再現するために同じ樹木を探してわざわざロケ地に植えたほど!今ではCGで十分可能な作業だが・・・フィンチャーの凝り性ぶりがよくわかる逸話だ(笑:でも早撮りでスケジュールと予算は守ったんだと)。


 映画は「前半」と「後半」で大きく作り方が異なっている。「前半」は時系列通りに犯行と警察・新聞社の様子(と共に登場人物の紹介)が描かれ、視点がコロコロ変化する(刑事が犯人と思しき男を取り調べる部分にかなりの時間がさかれる)。いわば観客のための<事件紹介編>といった趣き。
 ところが「後半」では主人公グレイスミスの一人称に視点が固定され、彼が証拠を洗い直し調査する姿を追う。この辺りの作劇は、同じく主人公が事件を追うオリバー・ストーンの「JFK」の如き怒涛の展開(これも未解決)!観客に一瞬も考える隙を与えないものの(苦笑)、その失踪感が素晴らしい!フィンチャーの面目躍如、映像ならではの醍醐味であります^^前半は「ウィークエンダー」風ながら(知ってる?)後半は本当に怖い&面白い!よって、このブログに書いた次第。


 ちなみに映画は実話に基づいてはいるものの、劇中<最も怪しいと思われる人物>は、実は複数の容疑者がミックスされたもの。勿論、より事件を映画として分かりやすくする為の配慮である(そうしないと話が散漫になる。個人的にはうまい脚色だと思った)。それだけはお間違いなきように!


 それにしてもこの「ゾディアック」のほか、先の「JFK暗殺事件」や「切り裂きジャック」、韓国で起こった未解決連続殺人事件(映画「殺人の追憶」)といい・・・いつか犯人や真相が明らかになる日はくるのだろうか・・・?