其の180:秘書が語る真実「ヒトラー〜最期の12日間〜」

 先日、石原慎太郎製作総指揮・脚本による映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」を観賞したのだが・・・良くも悪くも「慎太郎イズム」に貫かれていた(苦笑)。登場人物が皆ステレオタイプばかりで少々まいったが「特攻隊の母」と慕われた故・鳥浜トメさんを「語り部」に据えた点は良かったと思う。
 今回紹介するドイツ映画「ヒトラー〜最期の12日間〜」も物語の「語り部」はアドルフ・ヒトラーの元女性秘書。ヒトラーの遺言をタイプ打ちした人物でもあり、映画でもインタビューに答える形で登場する。その彼女が戦後、長きに渡って沈黙していた晩年のヒトラーの姿を描いた超問題作が今作だ。


 物語は「語り部」であるトラウドゥル・ユンゲさん(当時22歳)が1942年11月、総統アドルフ・ヒトラー(「ベルリン・天使の詩」のブルーノ・ガンツ。本人そっくり!)に気に入られ秘書として雇われたところから始まる。
 で、一気に話はとんで1945年4月。第2次大戦のヨーロッパ戦線も大詰めを迎え、ヒトラーは宣伝大臣ゲッベルス(=映画おたく。演じた役者は似てない)ほか一部の側近・幹部連中と共に首相官邸の地下要塞に退避していた。ご存知の通り、もうこの時点ではナチスの敗北はほぼ決定的。だが、ヒトラーナチスNo.3の高官ハインリヒ・ヒムラー(全ドイツ警察長官)の逃亡勧告さえ聞き入れない。もはや実現不可能な作戦ばかりを指示し、側近を困惑させるヒトラー。・・・いよいよソ連軍が首都ベルリンに侵攻。陥落は時間の問題となったとき、ヒトラーは長年の愛人エヴァ・ブラウンとささやかな結婚式を挙げる。ナチス第三帝国の野望の終焉は刻一刻と迫っていた・・・。
 で、「邦題」と異なり(原題は「没落、破滅」の意)ヒトラーがピストル自殺した後、ユンゲほかのベルリン脱出の様子が延々と続くわけ(苦笑)。


 現在のドイツ国内ではヒトラーナチスの話題に関しては完全にご法度!公衆の面前で「ハイル・ヒトラー」なんて手を上げた日には即行、逮捕されます(その代わりに「ネオナチ」なる組織が誕生して問題にもなっておりますが)。そんな中、ドイツ人監督オリヴァー・ヒルシュビーゲルはドイツ人俳優を使って祖国の封印された歴史を克明に描き上げた。その勇気は賞賛に値するだろう(公開当時、イスラエルの新聞は「ドイツはユダヤ人大虐殺の歴史を取り繕い美化している」と非難。国内でも「殺人鬼の人間性を振り返る必要など、どこにあるのだろうか」と論評されたほど)。


 この作品は先述したように「元秘書が語り部」ーユンゲ自身、熱烈なナチ信者でもないうえホロコーストアウシュビッツの真実を戦後まで知らなかったーので、いわゆるユダヤ人の虐殺シーン等は出てこない。その代わりに描かれるのは「ベルリンの市街戦」の様子。勿論、これは彼女の視点ではない。ユンゲの見聞きした事実を取り入れつつ「群像劇」として多面的にドイツ崩壊の様子を描いているのがミソ(慎太郎映画も同じ構成。もはや慎ちゃん、真似した!?)。
 若き兵士や民間人がソ連軍の怒涛の攻撃によって次々と戦死していく様子は非常にリアル!その一方、ナチのお偉いさん方は逃げ出す人もいれば、ヤケクソになって地下要塞で酒飲んでる奴も。戦争で犠牲になるのは、常に軍閥の人間だけでなく「一般市民」なのだということを切実に感じる(ナチはそもそも国民の皆が支持した政党ではなく、ヒトラーの存在を危険視した人々によって2度の暗殺未遂事件もあった)。


 物語の主要な舞台となる「地下要塞」はミュンヘン市外のスタジオに作られたセットなのだが、完全に四方を囲った密室として制作!リアリティーを重んじたスタッフとキャストは数週間、当時さながらその中で生活しながら撮影を行ったという。また「ベルリン市街戦」のロケ場所は、当時のドイツ建築様式が残されていたロシアのサンクトペテルブルグ!そこのロシア人700人をエキストラとして雇い、ナチの軍服着せて撮影をしたというのだから・・・大いなる皮肉というべきか、はたまた平和な時代が来たというべきか!?


 娯楽映画で一般的に「ナチス」といえばー倒錯したエロ行為や捕虜の拷問、すぐに人を殺す「超残虐極悪非道変態集団」として描かれる事が多いが(笑)、「20世紀」という近現代史を学ぶ上で、慎太郎氏の映画同様、良くも悪くも必見の映画だろうと思う(異なるのは慎太郎映画はそんなにいい出来じゃないこと)。ただ闇雲に「臭いものには蓋」するのではなく、真実を知った上で各人で考えて欲しいと思うのだ(注:今回、筆者が観賞したのは2005年10月に本国ドイツで2夜連続でTV放送された175分版。劇場版より約20分長く、30以上の未公開シーンが加えられ再編集された「完全版」である)。


 蛇足①:ヒトラーエヴァは自殺したあと「遺言」によってガソリンで焼かれた。発見された遺体はソ連軍のみ調査して公表されなかったため、これが後の「ヒトラー生存説」を生む原因となった。
 蛇足②:ヒトラーの遺体は損傷が激しかったものの陰嚢(いんのう)は形をとどめていて、検死の結果、左の睾丸は見あたらなかったという(=片玉状態)。以上、どうでもいいトリビアでした(笑)!