其の447:幻のカルト作「ハロルドとモード」

 つ・い・に、幻のカルト映画がDVD発売された(喜)!その名は「ハロルドとモード/少年は虹を渡る」(’71・米)!!ベトナム帰還兵もののはしり「帰郷」(’78)他で知られるハル・アシュビー監督初期の傑作ニューシネマにして、40年以上ソフト化されなかった大カルト作(→タイトルすら知らなかった人は勉強するように)。それにしてもここ2、3年「マイラ」といい、「ナッシュビル」といい、長年封印されていた映画が続々とソフト化。長生きはするもんだで^^


 大金持ちの家のひとり息子・19歳のハロルド(=バッド・コート)は、生きることの意味が分からず母親の前で様々な自殺を演じる事(無論、仕掛けのある狂言だ)と他人の葬式に参加するのを趣味とする孤独な青年。そんなある日、いつものように他人の葬儀に参加していた彼は、同じ趣味をもつ79歳の老女モード(=ルース・ゴードン)に声をかけられたことがきっかけとなり、行動を共にするようになる。他人の車を盗んで乗り回したり、街の街路樹を引き抜いて山に植え替えたりするモード。イタズラ好きで前向きなモードとハロルドは、やがてお互いに愛情を感じ始めるのだが・・・。

 
 <19歳の青年(→20歳説もあり)と79歳の老女の恋愛ムービー>と聞いただけでも物凄い設定(笑)。その年の差、約60歳!!加藤茶の<45歳差婚>は軽く越えた(笑)。そもそものスタートはコリン・ヒギンズ(1941〜88:後に「ファール・プレイ」や「9時から5時まで」を監督)がUCLAの“卒業制作”として20分の短編用脚本を書いたことが企画のスタート。ヒギンズは自らプロダクションまで設立して製作も担当するほど力を入れた(内容が突飛すぎて誰ものってくれなかった為ではないかと邪推するが)。


 監督のハル・アシュビー(1929〜88)は大手映画スタジオ・ユニヴァーサルで印刷機のオペレーターとして働いた後、映画編集マンとなり、’67年の「夜の大捜査線」でアカデミー賞編集賞を受賞した経歴の持ち主。監督デビュー作「真夜中の青春」(’70)は、「シンシナティ・キッド」(’65)他で知られるノーマン・ジュイソンが演出する予定だったのだが、他の仕事の製作が始まってしまった為、かねてから才能を見込んでいたアシュビーに声をかけた、というエピソードあり(結果、ジュイソンは「真夜中〜」で製作としてクレジット)。そのアシュビーの監督2作目が、この「ハロルドとモード」である。

 
今作は「イージー・ライダー」(’69)以来、流行ってたパターン→→→数々の楽曲が挿入、そのたびにエピソードや場面がコロコロ変わるというビデオ・クリップ的構成&編集を採用(音楽担当はキャット・スティーブンス)。そんなアップテンポな中で主人公が様々な自殺ごっこしたり(映画の冒頭から、いきなり首つり!)、モードとデートしたり、精神科医と面談したり、買ってもらったジャガーを霊柩車に改造したりするので(笑)全く観客に先を予想させない(素晴らしい)^^!ちなみに、青年と老婆の2人が真っ裸でHするモロな場面はないので、食事をしながらでも安心してご覧頂けマス(爆笑)。

 
この映画ブログで何度も書いている<70年代>という時代背景を理解せずに、いま現在の視点で観ると主人公ハロルドは単なる“わがままなお坊ちゃん”にしか見えないが、「卒業」(’67)の主人公同様、ハロルドも「どう生きていけばいいかわからない」わけですよ。その焦燥感と体制への反発(それは「結婚を薦める」母だったり、「軍への入隊を薦める」軍人の伯父だったり)が底辺にある。おそらく、「真夜中の青春」を観たヒギンズがアシュビーに今作の演出を依頼したのだろうが、実はアシュビー自身も12歳の時、父親が自殺。高校からはドロップアウト(後に大学に進学)、21歳までに2度結婚して2度離婚・・・と激動の青春時代を送った人。それゆえ、ハロルドの心情を深く理解して演出できたのだろう、と推察する。

 
ハロルドを演じたバッド・コート(1948〜)は、公開当時22、3歳だが、20歳前後の悩める青年を好演(童顔がプラスに働いた)^^!彼が演じたからこそ、この“異色のラブ・ファンタジー”が成立したと筆者は思う。にしても、出演作が・・・ロバート・アルトマンのこれまた未だソフト化されないカルト作「BIRD★SHT バード・シット」と「いちご白書」、そして今作がめぼしいところ(後年にはちょこっと出演したり監督やったりしたらしいが)。「ハロルド〜」が公開当時、コケたせいかもしれないが、その後出演が続かず・・・出た映画全てがカルト化するというのも凄い。彼こそ<知る人ぞ知るカルト俳優>の称号にふさわしい人物だ(まさか本人もこんなことになるとは当時夢にも思わなかったであろう)。

一方、モードを演じたルース・ゴードン(1896〜1985)は、ロマン・ポランスキーのオカルトスリラー「ローズマリーの赤ちゃん」(’68)で主人公の新婚夫婦が引っ越したアパートの隣人役でアカデミー助演女優賞を受賞したお方。クリント・イーストウッドの「ダーティファイター」シリーズの他、TVドラマ「刑事コロンボ」の1エピソードにも出演してるので、ファンは要チェック!

 
 映画は当初コケたが、後にカルト化し、映画史上に名を残した「ハロルドとモード」。ラストは“アメリカン・ニューシネマ”だけに察しのいい読者なら何となく想像できるとは思うが・・・まぁ、人生って・・・苦いよなぁ。とにもかくにも、ようやくDVDになったんだから観てくれ!!
 
 
 今作で製作&脚本を手がけ、後年、監督になったコリン・ヒギンズはエイズを患い47歳の若さで死去。一方、ハル・アシュビーは「さらば冬のかもめ」(’73)や「シャンプー」(’75)、先述の「帰郷」(’78)等で70年代を代表する監督のひとりになったが、80年代に入ると70年代程の仕事ぶりを発揮できぬまま肝臓ガンで亡くなった。ヒギンズ、アシュビー、共に亡くなったのは1988年・・・。<カウンター・カルチャー敗北後>に監督になった2人は、歩んだ道こそ異なるものの70年代に殉じたのかもしれない。