其の267:PTAの歴史大作「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」

 連休中、狂ったように映画を観まくってしまった。で、つい筆が滑って(どんな筆だ)「紀元前1万年」も観た。監督は「インデペンデンス・デイ」など大作大好きローランド・エメリッヒ(=同系列にマイケル・ベイ)。内容はマンモスやサーベルタイガーも出るエメリッヒ版「はじめ人間ギャートルズ」。勿論、ドテチンは出ない(笑)。
 それにしても、これ酷い映画。<紀元前1万年>ってことは俗に言う「氷河期(だからマンモスがいるんだけど)」。人類なんて原始人ですよ!それなのに彼らは動物の毛皮じゃなくて繊維の衣装を来てるし、帆をはった大船団は出る上、ピラミッドまで建設してる(唖然)!!
 あの〜・・・数千年後のエジプト文明と勘違いしてませんか??エメやんは前作「デイ・アフター・トゥモロー」で現代に氷河期を再現したおっさんだが、頭の中が凍りついたようだ。これ、まともに信じたら「ヘキサゴン」の某芸能人たち同様、バカ連発すること間違いなし。幼稚園から小学校低学年向け映画です。子供がマンモス観て喜べばいいレベル。但し、その後親は正しい歴史を教えないと子供のIQは低いままで終わっちゃうので御用心!


 それにひきかえポール・トーマス・アンダーソン(「エイリアンVS.プレデター」の人じゃないんでご注意)の新作「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」は同じ大作でも出来は「紀元前1万年」とは真逆!いや〜・・・彼は大人になりましたよ。スピルバーグの「シンドラーのリスト」を観た時のような感慨に耽ってしまいました^^


 物語は20世紀初頭のアメリカ・カリフォルニア。それまで鉱山で金の採取を生業としていたやもめの山師ダニエル・プレインヴュー(ダニエル・デイ=ルイス)は、当時はじまった石油発掘ラッシュに乗じ大金を手にした。そんなイケイケの彼の前に現れたのが若きカリスマ牧師イーライ(「リトル・ミス・サンシャイン」のポール・ダノ)。彼はダニエルに「故郷の土地には石油が眠っている。土地は安く手に入れる事が出来るから、石油が出たら金を教会に寄付して欲しい。」と取引を持ちかける。調査の結果、石油が出る事を確信したダニエルは次々と土地を買い取り、見事採掘に成功!一躍、町おこしを成功させた富豪として名声を得る。
 ところが息子が事故で聴力を失ったり、母違いの弟を名乗る人物が現れるなどダニエルに気の休まる時はない。元々金だけに興味を覚える人間であったダニエルは邪魔者を次々と目の前から排除、息子まで遠方の寄宿舎に預け入れる始末。約束した金も貰えず、容赦なく殴られたイーライはダニエルと確執を深めていく・・・。


 今作の製作・脚色・監督を務めたポール・トーマス・アンダーソン(以下、略してPTA)は、僅か26歳で犯罪劇「ハードエイト」(’96)で長編映画デビュー。1970年代から80年代のポルノ映画界の内幕を描いた第2作「ブギーナイツ」(’97)で脚光を浴びる(カンフーマニアのデカチンボンクラ男、最高)。その後、群像劇「マグノリア」(’99)、アメリカの人気コメディアン、アダム・サンドラーを主演に迎えた「パンチドランク・ラブ」(’02)を発表。5年ぶりの新作がこの「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」である。


 これまでオリジナル作で勝負してきたPTAだが、今回初めて<原作もの>に挑んだ。20世紀はじめに人気を博した社会主義者の小説家アプトン・シンクレアの小説「石油!」がそれ(まんまなタイトル)。1907年、シンクレアは小説「ジャングル」の中で当時の食肉産業の実態を暴露、それがきっかけで「食肉検査法」が制定されたというのだから、当時いかに彼の小説が読まれていたのかが分かる。PTAはたまたま立ち寄ったロンドンの書店でこの原作に目を留め、興味が引かれて自ら脚色に乗り出した(=カリフォルニア出身の彼はこれまでの作品もメインとなる舞台はカリフォルニア。郷土愛にあふれた人物なのだろう)。


 原作は実在の石油王エドワード・ドヒニーをモデルに当時、発展をみせていた<ゴールド・ラッシュ>に続く<オイル・ラッシュ(というのかどうか知らんが)>による石油産業の腐敗と搾取の実態を暴いた作品だそうで(筆者未読。すまんね)主人公は石油王の息子、それに大きくかかわってくるのが牧師の兄なのだそうだが・・・PTAは主人公の親父と牧師に話を絞って脚色した。これまで「ブギーナイツ」や「マグノリア」で敬愛するロバート・アルトマンばりの<群像劇>を得意としてきた彼だけに違和感もあるのだが「(今作に関しては)予算の問題もあったし、話がブレるのが嫌だった」んだって。


 その結果、焦点がモロに当たったダニエル・プレインヴューの人物造形は・・・人を信用せず(息子さえも!)暴力的で金や権力をひたすら追いかける欲望ギラギラ系の嫌な奴に(原作はここまで悪い人ではないそうで:笑)。
そんな彼に扮した名優ダニエル・デイ=ルイスの演技は<圧巻>の一言(マーティン・スコセッシの映画「ギャング・オブ・ニューヨーク」での役を彷彿とさせる)!ほぼ出ずっぱりの彼がこの作品に尋常ではないパワーを与えている事は言うまでもない(=今作で彼がアカデミー主演男優賞に輝いたのは当然だと思う)。脚本選びには定評のある彼だが、撮影開始までの2年間、徹底的にリサーチ&役作りを行ったそうで・・・ラストで彼とバトルするポール・ダノは「ダニエルは役に完全に入り込んでいて、マジで怖かった」という旨の発言をしている。やっぱ俳優はこうでなくっちゃ!


 「ブギーナイツ」ではクレーンからドリーまでカメラを動かしまくったPTAだが(笑:経験が浅いと父親が撮る子供の運動会ビデオみたいにカメラを動かしまくるものさ)、今回はカメラの動きを必要最低限に抑えて、重厚な絵作りに専念。デイ=ルイスの鬼気迫る演技を技巧に流されず真っ正面から受け止めた。
この結果、PTAは今作を「ホラー映画」と表現する事になるんだけどね(笑)。確かに音楽(=「レディオヘッド」のジョニー・グリーンウッドが担当)も終始、人を不吉にさせる悪夢のような曲が流れるし。これは観た人じゃないと分からないだろうなぁ。


 ポール・トーマス・アンダーソンの作品を筆者は「ブギーナイツ」以降、全て観ていますが・・・今作はこれまでの手法を捨てながらも、かつてない<堂々とした語り口と風格>を感じました。映画の最後に「ロバート・アルトマンに捧ぐ」とクレジットされますが(=これまで技術はスコセッシ、スタイルはアルトマンと揶揄する人もいた)これはPTAの「新生宣言」なのではないでしょうか?コーエン兄弟が「ノーカントリー」で辿りついた新たな境地にPTAも表現者のひとりとして足を踏み入れたような気がします。次回作が楽しみ!