其の237:巨匠の歴史「市川崑物語」

 このブログでまだ扱っていなかった「ドキュメンタリー作品」を。たま〜にTVや映画でドキュメンタリーを観て、それなりに考えたりもするのだが、このジャンルは<作り手側>から言わせてもらうと「取材対象へのさじ加減が難しい」の一言に尽きる。相手や対象に入りこみ過ぎでもいけないし(=客観性が欠ける)、逆に引き過ぎると味も素っ気もないものになってしまう。また「万民向け」であるならば、あるほど(観る人全員がその事を知っているわけではないので)必要最低限の基本情報を大前提としてナレーションやスーパーで処理しなければ不親切だ。「スワロウテイル」や「花とアリス」で知られる岩井俊二監督が手掛けたドキュメンタリー「市川崑物語」は、昨年リメイクされた「犬神家の一族」の公開に併せて製作されたもので、ちょっと変わった作り方をしている。市川監督や彼の作品プロフィールを知らないと、ちと不親切な出来ではあるのだが(苦笑)市川&岩井のファンは必見の作品だ^^


 「市川崑」といえば大ヒットした一連の金田一耕助シリーズの他、三島由紀夫(「金閣寺」が原作の「炎上」)や谷崎潤一郎(「鍵」)の文芸作品、はたまたアイドル山口百恵の映画(「古都」)まで幅広く手掛ける<巨匠>&TVドラマ「木枯らし紋次郎」も演出する<才人>で、&御年90を越えても未だ<現役>という凄い映画監督である!先のリメイク版「犬神家〜」は残念ながらオリジナルに及ばなかったし、時には「竹取物語」とか感心しない作品もあるにはあるのだが(苦笑)若き日の作品は本当に凄かった!!その彼の生い立ちから現在(といっても2006年末までだが)までの様子が<岩井俊二式>に綴られてゆく。


 通常、このテの作品は本人や関係者のインタビューを交えつつ、当時の写真などで構成するのがセオリーのスタイルだが、岩井の場合(監督のほか脚本・編集・音楽も彼が担当)はインタビュー一切なし!で、当時のスチール写真(=合成で手を加える場合も)や映画作品、時には新撮したイメージ映像を挟みつつ、合間はフィルムのリール音にスーパーを入れての展開がメインとなる。そのため<音響的>にかなり静かなので・・・疲れている時に観ると寝るかもしれない(笑)。


 少年時代から絵を描くのが好きだった市川は当初、「漫画映画」を志す<アニメーター>として後に東宝になる会社に入った(後年、実写に転向)。今作では、その当時参加した「アニメ作品」やGHQによって封印された幻の実写初監督作品(人形劇!)が挿入されているのが嬉しい^^貴重な映像資料である。映画はその後、市川の妻となり、やがて脚本家としての才能を発揮する和田夏十(当初はふたりが脚本を書く際のペンネームだったが、いつしか彼女の個人名義になったそうだ)と<二人三脚>で映画作りに邁進してゆく様子が紹介されていくのだが・・・いつ頃から市川の早い編集技法や独特のライティングが育まれたのかがよく分からない。筆者はアニメーター時代に「構図の取り方」や「陰影のつけ方」を学び、それを実写にも応用したと推理するが・・・この辺りをキチンと紹介しないと市川の映像美の本質が分からないだろう。残念である。


 岩井俊二も筆者同様、オリジナル版「犬神家〜」に魅せられた世代(庵野秀明も独特の明朝書体と文字の配列を「エヴァンゲリオン」で真似してる)!よって、デビュー作から過去の有名作はタイトルのみであっさりと紹介してゆくものの(ポイント、ポイントで「黒い十人の女」とか京マチ子主演の「穴」、銀のこしで知られる「おとうと」等は映像も少々見せてはくれるが)「犬神家〜」に話が進むと映像使用量が遥かに増大!で、それまで割と客観的だったスーパーの文面が「個人的主観」の文章に変化してゆく(笑)。岩井は市川を最も尊敬し、かつ多大な影響を受けている作家だと公言しているのだから致し方ないと言えばそれまでだが(苦笑)。


 ・・・でたっぷり「金田一シリーズ」紹介した後(「犬神家〜」の早い編集場面やマルチ映像はしっかり紹介。どうせなら「白黒反転」で描かれる殺人シーンも入れてほしかったなぁ)、以降の作品がタイトルのみ&スチールでポンポン紹介される(笑)。断筆していた和田夏十が乳癌にかかり、長い闘病生活を送っていたものの「細雪」のラストをサラサラと執筆、その「細雪」の後処理中亡くなったエピソードは興味深かったが。


 そうこうして話が90年代に進むと「自分と巨匠の出会い」が紹介される。なんでも2人はウン年前、脚本/岩井、監督/市川のコンビで「本陣殺人事件」のリメイク(=ATGで中尾彬ジーンズ姿で金田一やってる)が企画されたそうで(結果、頓挫してなかった事に)。その興味深い話がなんとスーパー処理のみ!どうせなら2人のツーショット写真とかインサートして欲しかった。TV番組をこの手法でやったら、ディレクターは間違いなく上から怒られる(苦笑)。


 こうして巨匠・市川崑の経歴が岩井俊二によって淡々とかつ愛情たっぷりに紹介される82分(=岩井に今作の話が来たのは「本陣〜」の絡みもあるのだろう)。最後はリメイク版「犬神家〜」の「メイキング映像」が少々入る。リメイク版&このドキュメンタリーが公開されて早1年たつものの、市川も岩井も<新作>はまだ発表していないが・・・「映像派」で知られる2人の新作(できれば共同監督作も)を早く観たいものデス。