其の518:バブルの予兆?「しとやかな獣」

 ・・・ついつい古い映画を観ることがめっきり増えた。筆者も・・・年か!?

 さて今回紹介するのは川島雄三監督晩年の代表作「しとやかな獣(けだもの)」(’62)。川島を取り上げるのは日本映画喜劇史に残る大傑作「幕末太陽傳」、未ソフト化の怪作「グラマ島の誘惑」以来久々。新藤兼人が原作・脚色を担当してる。そういえば前回の「黒蜥蜴」の脚本も新藤・・・何気に“リンク”した(笑)!



 郊外にある団地の一室。海軍中佐でありながら敗戦以降落ちぶれた前田時造(=伊藤雄之助)とその妻(=山岡久乃)は売れっ子作家の愛人にした娘と芸能プロダクションにねじこんだ息子を使って詐欺まがいの方法で生活している。そんなある日、息子・実の横領がバレた。おまけに深い仲にあった経理の三谷幸枝(=若尾文子)から別れを切り出される。念願だった自身の旅館開業が決まったので彼女は会社を辞め、2人の関係も清算したいという。だがその開業資金は実が横領した金から彼女に貢いでいたものだった。激怒する実だが・・・!?


 登場人物ほぼ全員“ワル”のキャラたち(しとやかな獣たち!)が金と欲にまみれてエゴと自己弁護のみをむき出しにするブラック・コメディーっす(といって大笑いするようなところはところはないけど・・・筆者はブラック・ユーモア大好きなんで❤)。軽快なテンポ&膨大な台詞の応酬は圧巻(これぞ川島調)!これが芝居であることを知らずに観た若い人たちは「昔の人たちは早口だったんだな〜」と勘違いするかも?!

 筆者はTVディレクターなんで、ついつい<構図>に目がいきがちなんだけど・・・今作ではラストカットを除いてカメラが団地から一切出ない(凄)!!ヒッチコックの「救命艇」や「ロープ」を川島が意識したのかどうかは定かではないが、時にはトイレの便器(もちろん和式^^)目線のアングルも(笑)。限定された舞台で映画を飽きさせないようセット撮影の利点をフルに生かしてる。時には小津安二郎市川崑のパロディのような場面に、心理学を参考にしたような階段のイメージシーン等、川島の才気を感じずにはいられない。ちょっと森田芳光の「家族ゲーム」的な味わいもある。

 俳優陣も充実していてー先述の伊藤雄之助山岡久乃から船越英二。“川島的キャラ”としてミヤコ蝶々は銀座のバーのママの割りにはベタベタな関西弁で場をさらい、小沢昭一がインチキ外国人歌手を怪演しとる(笑)。中でも若尾文子増村保造川島雄三によって女優としての才能を大きく伸ばしたことは有名な話だが、今作ではクールに女の魅力をふりまいて男たちを翻弄・・・この映画の中で一番のワルだわ^^。

 戦後20年近くになって人々が豊かな生活を求め始めた当時、精神文明から物質文明への移行の過渡期にあった日本人の様を新藤兼人が皮肉ってデフォルメして描いた脚本に同調した川島がノリにノッて作ったように筆者には思えた(←別の視点で考えれば、当時は各社が週替わりで映画を量産していた黄金時代だったから、癖のある監督が好きにやっても許される良き時代でもあった)。平成の現時点から今作を観ると、このような人々が現れた結果があのバブル経済(及びその終焉)を生んだような気も。「アベノミクス」の結果がどうなるかまでは筆者は経済アナリストではないんで知らんけどネ♪

 ツイストを踊る若者たちの画に“祭り囃子”を当てるなど「今の若い奴は所詮バカ」という川島の悪意も感じつつ(笑)完成した「しとやかな獣」だが、これを<正月映画>に持ってきた大映は・・・ある意味凄いというか何も考えてないというか(苦笑)。結果、興行的には大コケ(そりゃそうだろう)。川島本人も大いに傷ついたようだが「小生の今までの作品系列は、いささかヤワなものが多すぎました。だが『しとやかな獣』を里程標として、ここから出発しようという気が、あるのです。」(「川島雄三 乱調の美学」ワイズ出版より引用)とコメントしている。

 だが翌1963年、川島は急逝。「しとやか〜」の後に演出したのは「喜劇とんかつ一代」と遺作「イチかバチか」の2本のみ。・・・残念無念!



 <追記>“残念”といえば・・・「アラビアのロレンス」のピーター・オトゥールが死去。個人的に最後に観たのは「ラストエンペラー」か。ご冥福をお祈り致します。