其の516:封印解禁!「恐怖と欲望」

 いつものように忙しくて間が空きました・・・。来年は・・・少し暇が欲しい(遠い目)・・・。

 本年(2013)も多々見損ねた作品があった筆者ですが、その中でも“極め付け”がスタンリー・キューブリック、幻の劇場デビュー作「恐怖と欲望」(’53)が日本でも公開されたこと!!キュー様(注:芸能人のクイズ番組ではない)自ら出来を気に入らず、後年出来る限りのプリントを買い占めて<封印>してしまった曰くつきの本作が・・・初DVD化(狂喜乱舞)^^!!!筆者が発売日に即買いしたことは書くまでもない!


 “どこかの国”で行われている戦争でー。飛行機が撃ち落され、敵陣の山中に墜落したコービー、マック、シドニーフレッチャーの4人の兵士。彼らは森に沿って流れる川を下って自軍の陣地に戻る計画を立て、いかだを作ることに。ところが地元の女性に目撃された為、敵に通報されないよう彼女を木に縛り付けて監禁したが・・・!?



 毎回題材を変えて作品を創ることでも知られているキューちゃん(注:元マラソン選手ではない)だが、その実、一番多くテーマに選んできたのは“戦争映画”である(「突撃」しかり、「スパルタカス」しかり、「博士の異常な愛情」、「フルメタル・ジャケット」に「バリー・リンドン」にも)。よく「処女作に監督の全てがある」とは言われることだが、今作は後の作品の要素が散見される興味深い作品だ。

 「ルック」誌のカメラマンだったキューブリックは3本ほど短編ドキュメンタリー等を手がけた後、父親と叔父から借金して手掛けたのが今作(当初のタイトルは「罠」)。製作、監督、撮影、録音、編集のほか照明、メーキャップ、衣装から小道具、クルマの運転に至るまでこなした、まさに“キューブリックによるキューブリックのためのキューブリック作品”!完璧主義者ぶりは、彼のキャリアの始めからだったわけよ^^

 ニューヨーカーのキューちゃんらはニューヨークの寒い冬を避けてロス郊外のサン・ガブリエル山脈でロケを敢行。ロケ自体は借りた金の範囲でおさまったものの、アフレコに手間取り、大幅な予算オーバーになったそうな(さすがのキューちゃんも「やばい」と思ったのか知人のTVプロデューサーに頼んで、テレビ映画「リンカーン」のB班スタッフの仕事を手伝った程。すでに彼には嫁さんもいたし・・・生活は大変だったろうなぁ)。

 60分ちょいの中編ながら内容は“観念的”で、「戦争映画」ながら我々が想像するような激しいドンパチがあるわけでもないし(何故ならそれは低予算だから)、編集もディゾルブにワイプの多用&芝居がつながらないのを誤魔化すためか妙に登場人物たちのアップのインサートが多いし・・・さすがの筆者も「面白い!」とは言わないけど、50年代のハリウッド・スタジオ全盛期に業務用カメラ担いだ20代半ばの“ほぼ素人集団”が作った作品としては良く出来てる。キューブリックのカメラワーク(特にアングルの良さ)はさすがスチールカメラマン出身。

 淡々としたナレーションに、劇中でてくる・・・後に映画監督になるポール・マザースキー演じる“狂気を孕むキャラ”が出てくるのも後の作品につながってる(「博士の異常な愛情」、「ロリータ」のハンバート、「時計じかけのオレンジ」のアレックス、「シャイニング」しかり「フルメタル・ジャケット」しかり。「2001年宇宙の旅」のコンピューター:HAL9000も狂気を孕んだといえなくもない)。今作を単独の“点”としてではなく、後の作品に“線”としてつなげてみるのがいいだろう。

 あの手塚治虫も生前「(昔の作品は)恥ずかしいから見ない」という旨の発言をしていたけれど、キューちゃんも同様の気持ちだったようでの封印行為のようだ。「映画学校の学生が16ミリで作るものの35ミリ版以上のものではなかった」とコメントしてるし。これはね・・・大概のクリエイターが陥るジレンマではないかしら?キャリアのスタート当初に作ったものって・・・まぁ、腕が未だない分稚拙だし、筆者もよく時間的&予算的制約で「いま時点ではこれがベスト!」だと思って放送はしたものの、後日「(あの部分は)ああしておけば良かった!」等と猛烈に後悔、反省するものなのよ。キューちゃんもきっとそういう思いにとらわれた様な気がしてならない。気に入るまで何十テイクも撮り直しさせたことでも有名なキューブリックだが、おそらく予算やスケジュールを気にしながら製作した今作や次作「非情の罠(これも自ら撮影)」のトラウマ(?)があったのかも!?

 完成した作品はメジャーな配給会社からは断れたものの、ニューヨークで公開されたし(←素人が作った自主映画が劇場公開されたのはかつてないことだった)、映画撮影者へのユニオンへの加入も許された。収支は全くあわないながらもキューちゃんは今作で現場に必要なことを学んで・・・後の大巨匠への道が開いたわけだ(めでたしめでたし)^^!


 キューブリックのファンは勿論のこと、映画に興味のある人は是非一度鑑賞することをお薦めする。個人的にはこれでキューちゃんの劇場用映画の全てを観終えることが出来た^^!これでいつ噂の大地震が起きても後悔はない(←すげ〜オーバー)。