其の187:アバンギャルドな大人のアニメ「哀しみのベラドンナ」

 「漫画の神様」故・手塚治虫。漫画文化における彼の功績は今更ここで言うまでもない。その手塚が社長をつとめたアニメ制作会社が「虫プロ」である。氏曰く「(自分にとって)漫画は恋人。アニメーションは金のかかる愛人」。その虫プロがご存知「鉄腕アトム」ほかTVアニメ制作のほかに大人向けの劇場用アニメーションを制作していたのはファンにとっては周知の事実(一般的には知らん)。
その<大人のアニメ>第3弾にして最終作にあたるのが1973年公開の「哀しみのベラドンナ」。あいにく手塚はこれに関与していないが、後に世界を席巻する「ジャパニメーション」の隆盛を予感させるクオリティの高いアニメ作品である(勿論、Hよ)。


 物語の舞台は中世ヨーロッパのフランス。領主は村の若者ジャンとジャンヌの婚礼の日、貢ぎ物としてジャンヌを犯し、家来たちに輪姦させる鬼畜の所業を行う。そんなボロボロになったジャンヌの元に悪魔が現れ、彼女は肉体を悪魔に売る代わりにその力を得る。そのお陰で飢饉にもかかわらず税金を滞りなく払うことが出来たジャンとジャンヌは税金を取り立てる「役人」として出世する。だが、そんなある日「戦争」が勃発!またも領主によってジャンとジャンヌの運命は大きく狂わされていく・・・(酷い話)。


 手塚治虫も関与した「千夜一夜物語」(’69)、「クレオパトラ」(’70)と続いた通称「アニメラマ」は<明るいエロ路線>で大ヒット!そこで虫プロスタッフが「もっと芸術的な別の路線を開拓しよう」として企画したのが「アニメロマネスク」と名づけられた今作(当初はSM小説「O嬢の物語」をアニメ化するつもりだった!)。
 アニメに市民権を与えたのちの大ヒット作「宇宙戦艦ヤマト」のスタッフ:山本暎一歴史学者ジュール・ミシュレの「魔女」を元に監督と共同脚本を担当。作画監督には「ナイン」、「タッチ」の杉井ギサブロー(原画には「あしたのジョー」を監督した若き日の出崎統も参加)、美術に挿絵画家の深井国を迎え意欲的な作品作りに取り組んだ。


 いまではCGでも制作されるアニメーションだが、当時の主流は「セル画」の使用。ところが今作は「水彩画」や「静止画」を多用。極力、セル画のテイストを排し、ちょっと他では見られないリリカルな雰囲気を醸し出している。こうした「実験」がアニメでも行われていた事にまず驚かさせる。
 悪魔(男根のイメージ)によって「悪魔憑き(=魔女)」となったジャンヌが行う<サバト>のシーンでは大乱交イメージに加えて当時の若者風俗や日本社会を象徴したアニメーションが矢継ぎ早に展開されて圧巻!実験精神とアバンギャルドさが渾然一体となった一級のアートフィルムといえそうだ。内容が「難解」として興行が惨敗に終わり、ほどなく「虫プロ」が解散してしまった為に「アニメロマネスク」がこれで打ち止めになってしまったのは何とも残念!


 実は、この作品には様々な<バージョン違い>が存在するそうだ。制作が納期までに間に合わなかったためダミーで編集した版がまず一つ目(このあともスタッフはしこしこと制作)。当初、予定していた「実写」パートほかが入った版が2つ目。そして「劇場初公開版」(実写パートほかが削除された)。さらに79年のリバイバル公開に向けて修正した版。さらにさらに86年にLDソフト(懐かしい!)が発売される際に山本監督が再々修正したもの(=現在観賞できる版)と、計5つのバージョンが存在するのだ!これにはバージョン違い大好きのジェームズ・キャメロンも敵わないだろう(笑)。


 宮崎駿大友克洋押井守もそうだが、彼らは総じて「<俳優>を声優にキャスティング」する。大友曰く「アニメ声優のキンキン声が嫌」なのだそうだ(苦笑)。この「ベラドンナ」ではヒロイン・ジャンヌの声に長山藍子!ナレーションは中山千夏、成長した悪魔の声を大御所・仲代達矢が担当している。この試みも後の「ジャパニメーション」へと発展する重要な要素のひとつになったと筆者は思うのである(関係なかったらゴメンね:笑)。