其の148:軽やかな青春映画「恋する惑星」

 木村拓哉も出演して話題を集めた<SF風>恋愛映画「2046」が、その中途半端さによってコケた事でも知られる香港の映画監督ウォン・カーウァイ(苦笑)。その彼のブレイク作が「恋する惑星」である。音楽と共に<お洒落系映画>として、当時は大ヒットしました(かのタランティーノも賞賛)。現在の彼の作風を決定付けた今作の裏には面白いエピソードがある。

 
 映画は<2つの物語>で構成されている。<前半>は香港の刑事223号(金城武)の物語。彼女と別れて意気消沈の223号は酒場で深夜、麻薬ディーラーの金髪女性(ブリジット・リン)に出会って恋心を抱く。2人は互いの身分を明かすことなく優しい一夜を過ごし、223号は生きる活力を取り戻す。
 <後半>は223号も立ち寄る「小食店」の売り子フェイ(フェイ・ウォン)が店に来る警官633号(トニー・レオン)に恋をする。だが彼にはCA(当時は「スチュワーデス」)の彼女がいた。ほどなく彼がスッチーと別れた事を知ったフェイは、ひょんな事から彼の自宅の合鍵を手に入れ、黙って自宅へ侵入。彼の部屋の内装を自分好みに変えてゆく(でなかなか男は部屋の異変に気がつかない:笑)。彼女の想いは果たして彼に届くのか・・・。


 「その時、僕と彼女の距離は0.1ミリ」ー等などキザなナレーション(笑)とポップな映像、フィルムをいじりまくる編集(コマ落とし、スロー、早送りほか)で知られるウォン・カーウァイ。それまでカンフーとベタなコメディー、「香港ノワール」が中心だった香港映画に新たな一石を投じたのが「恋する惑星」だ。彼の<映画作家>としての資質(元は脚本家)が全面に開花した今作であるが、その製作は<ある作品>がきっかけとなった。その映画は彼の前作「楽園の瑕」!!


 「いますぐ抱きしめたい」で監督デビュー後、第2作の「欲望の翼」がヒットしたカーウァイは次回作としてオールスター・キャストのアクション時代劇超大作「楽園の瑕」に着手する。ところが集めた俳優たちが凄すぎた(笑)。レスリー・チャントニー・レオン、レオン・カーファイにマギー・チャン、ブリジット・リン、ジャッキー・チョン、カリーナ・ラウ、チャーリー・ヤンという売れっ子ばかりを集めた結果・・・皆のスケジュール調整に手間取り、撮影は遅々として進まず・・・ロケがようやく終わった時にはもうダウン寸前(苦笑)。
そこで「楽園〜」の編集を投げ出して<自らのリフレッシュ>のため撮影を始めたのが「恋する惑星」なのだ!ゲリラ撮影、アドリブ演出、内トラ(=スタッフを役者に起用)・・・と、もうなんでもありで楽しく撮影したそうだ(笑:本人は「ジョン・カサヴェテスの撮影スタイルを真似た」と語っているけど。当初は<3話構成>で考えていたそうだが、こぼれたエピソードを基に作られたのが次回作「天使の涙」となる)。

 
 その結果、当初の「シノプス(=簡単なあらすじ)」は完全に失われ(笑)、賞味期限の過ぎたパイン缶詰を食べまくる金城、ブリーフ姿でオモチャに語りかけるトニー・レオン(撮影監督のクリストファー・ドイルのマンションで撮影)・・・等など、いま観ると爆笑シーンが満載だが、中国返還と共に失われた<当時の猥雑で魅力的な都市・香港>の姿が雄弁に捉えられていると筆者は思う。誰もが経験する「失恋」&「恋愛」をキーワードに2つの物語がつながった映画「恋する惑星」を是非ご覧ください!


 追記:先述した「楽園〜」は「恋する惑星」完成後にカーウァイが仕上げにとりかかったものの、誰もが期待したアクション映画の筈が「わけわからん芸術映画」に変貌した為、大コケしたそうな(苦笑)。